2017年10月31日火曜日

自分の価値観を大切に~書道家の崩した字をどう感じるか~

今朝もバンコクは涼しい朝を迎えています。


ちょっと鼻水が多めに出ているので、
水泳は控えようと思います。
無理してやって、
泳ぐことそのものが嫌なことになったら
もったいないですからね。



朝ごはんを食べながら、
ネットのニュースを見ていると、
有名な書道家が自分が書いた字と共に立つ写真を
目にしました。



コメントなどを読んでいると、
すごいという声や、かっこいいや、
字が生きているなんて、賞賛の声が多数。



自分はひねくれているのか、
センスが無いのか、
ただ崩れた字にしか見えなかった・・・



その人が書いた日付や
自分の著名の字などは
とっても綺麗な字だということはわかるんです。



それに、きれいな字を書く実力がある
ということもわかっているんです。



でも、みんなが賞賛する字を見て、
かっこいいとは思えず、
ただごちゃっとしていて、
上手だとは思えないな・・・


と感じてしまうんです。



きっと書道のプロが見ると、
その崩し方に何かすごいものがあるんでしょうね。



別に書道家にリスペクトが無いわけではなく、
もちろん、1つのことを追求することは素敵だと思います。
ただ、自分には大きな半紙に書いた字のすごさが
ちょっとわからないというだけです。



でも、ここで気になるのが、
すごいとかかっこいいとか言っている人は、
本当にわかって言っているんだろうか?
ってことです。



権威にひれ伏しているだけの人も
中にはいるんじゃないかな。



適当にそうなんだろうな
って発言を合わせにいっちゃっている人
いるでしょ。ってことです。



ここで、自分が荒くれ者のごとく、
愛なんて字をめちゃくちゃテンションあげて
自分の背丈ある半紙に、
うりゃうりゃ言いながら書いて、
適当に周囲に墨をこぼす。



で、デパートの展示場とかにおいて、
その有名な書道家が書いたものですよ。
なんて説明したら、
きっと「迫力がすごい!」
「字が生きている!」
なんて言う人が出てきそうです。



どこか自分の本心を捨てて、
周囲がこういうだろう、
周囲がこう思っているだろう、
世間がこう評価しているだろう
ということに無意識にしたがっているだけ
なんじゃないかな?
って思うんです。



こんなことって身の回りにたくさんありそう。



自分は教育に携わる人間だから、
ぱっと思いつくのが教育のことだけど、
女性言葉を話す男性の教育評論家がいます。



その人の発言だって、
よくよく聞いてみると、
普通なこと、ググったら書いてありそうなことを
言っているだけのときがけっこうありますよ。



でも、〇〇評論家なんて言われると、
自分がどう感じるかとう本音に蓋をして、
何となく正しいことを言っているんだろな
って、無条件に、無思考で信じてしまう。
そんなことがあるんでしょうね。



今日も自分の目でしっかり物事を
見つめていこうと思います。

では。



プリンターのインクパッドの寿命が尽きました!

今朝のバンコク(10月30日)は
涼しくて気持ちが良かったです。



風も強く、季節の変わり目、
まさに冬の到来の予感。


バンコクの雨季は5月から10月までと言われていて、
まさに10月の終わりということで、
雨季の終わりを知らせかもしれません。


といっても26℃なんですが^_^;



朝のルーティーンの水泳。
今朝はちょっときつかったですね。
水がひんやりしていたんで、
ちょっとペースを上げて泳ぎました。



プール後にシャワーを浴びる。
そして朝食はトースト1枚と珈琲。



トースターで二度焼きしてみました。
かなりカリカリになり、
おいしゅう頂きました。
まぁ、どーでもいいことだらだら書いてみました。


今日はプリンターが故障するという
自分の仕事にとっては非常事態です。


メッセージとしては、
A printer's ink pad is at the end of its service life.
なんて英語だったんですが、
インクパッドの寿命が尽きた的な・・・


オレンジの点滅が電源をオフオンを繰り返しても
消えることがありませんでした。


インクパッドの寿命が尽きるとは何ぞや?
ということでググってみたところ、
ノズルクリーンなどをしているとき、
廃インクというものが出るようで、
そのインクを溜めるパッドがマックスになっているそうです。


で、交換するとかなり高いようだということも
調べてわかりました。



ここまで数分のこと。


速攻で、新しいプリンターを購入することにし、
お店に入って5分で即決し、即家に戻りました。


購入したのが、
このスキャナー付きのインクプリンター。


スキャナー付きのレーザープリンターは別にもっていたんですが、
レーザープリンターは、インクがきれたとき、
変えが2000B=6000円もするんで、
正直、なかなか使うことを躊躇する代物でした。



そこでインクジェットのスキャナー付きを買うことに。
値段は4500Bだったかな。
13000円くらいです。


壊れたメーカーと同じエプソンにして、
インクも家にストックがあるので、
同じものにしました。


バイクで買いにいったんで、
帰りは左手ででっかいプリンターを
学生鞄のごとく抱え、
家に戻りました。


家についたときは、
握力ゼロで、二頭筋がぴきぴき悲鳴をあげていました。
落とすわけにはいかないんで、
限界を超えた力を出していたようです。



筋トレもできて一石二鳥というやつです^_^;



家に戻ってからインク補充に時間がかかったんで、
30分で使えるようになりました。
同じなんで設定も楽で、
使い方もほぼ同じ。


壊れてから1時間で、
元通りに仕事ができる状態になったんで、
とくに時間のロスは許容範囲でした。


昔から自分は効率を求めるのが好きで、
一つの行動だけではなく
何か2、3の用事をまとめたいタイプでした。



で、教師時代も、離れた事務室に行くなら、
ある程度、用事が溜まるまで待っていたんです。



でも、ある時から、
頭の中に何か残しておく方が
効率が悪いという考えに変わって、
1つの用事でもその場で処理してしまおう
という考えに変えたんです。


事務室に行く回数は増えるんですが、
頭の中はスッキリした状態になるんで、
そっちの方が良いと思って、
それ以降の行動指針にしていました。



だから今回もプリンターがエラー表示が出てから、
購入して戻るまで一気に行動できたんで、
もやもやいろいろ考えることなく、
次の仕事に移ることができました。



「後で」というのは、
行動をまとめることができて、
効率が良いかもしれないけど、
頭の中では、スリープ状態の思考が
どんどん増えていって、
思考速度が遅くなるような気がするんです。



だから、一見効率悪そうでも、
1つ1つ思い立ったら行動する。



朝食のパンから、
全く違った話に展開してしいましたが、
これもまた思い立ったら即行動の現れ。



書きたいことを自由きままに書くのが
ブログの良いところなんで、
推敲せずにGOです。
だから、これくらいの文を書くのは
15分くらい。



新しいプリンターでまた気持ち新たに
良い仕事をしていけたらなぁ。
なんて思います。


では。




2017年10月30日月曜日

情熱を高めてくれるドラマTBS「陸王」は見なければ人生の損失。


みなさんはテレビでドラマって見てますか?


自分は一週間に多くて1つと上限を決めて、
何か話題になっていたり、
気になったときに少しだけ見て、
響くものがあったら見る。
そんな感じで決めています。


前は、フジテレビの「僕たちがやりました」という
ドラマの第一話の出だしを見て、
この先どうなるんだ!?と引き込まれたので、
全話見ました。

これは、単純にエンターテイメントとして
楽しく見ることができました。

そのドラマも終わり、
ちょっと間が空きましたが、
役所広司さん出演の陸王を絶賛する
ツイッターを見て、
勝手に録画されている分を見てみました。
経営の傾いた足袋屋が、
ランニングシューズの開発に乗り出すドラマ。

正直な感想としては、
「ツイッターで陸王というドラマの存在を
 教えてもらってよかったぁ・・・」です。


危なく、こんな最高なドラマを
見逃してしまうところでした。


自分も経営者なので、
役所広司さんの苦しい立場が
少しだけリアルに共感できるのですが、
それにしても演技というか、
もう演技じゃなく、役そのものです。


違和感ゼロで、完全にドラマに
集中することができます。
役所さんは演技派だという声は聞きますが、
自分も実際に見て、納得も大納得です。


実に情熱の大切さを学べますね。


自分のやっている仕事に強い意味づけをもつ。

強い意味付けがあるから情熱が生まれる。

情熱が生まれるから、
他人を動かせる。


自分も今やっている仕事に
再度意味づけをしなければという
思いにかられました。


もちろん意味づけがあって始めた仕事ですが、
何年もやっていると
ルーティーンのようにできてしまう部分もあります。


それは良いことでもありますが、
もう一度、初心に帰って、
強い情熱をもって仕事をしようという思い。
それをドラマから教えてもらえたわけです。


自分の周りにはいろいろな情報が溢れていて、
どこからでも学びはありますが、
自分が学ぼうという姿勢をもっているか
ということが大切だなと感じています。


その姿勢がなければ、
情報の中から宝を見つけることができません。


今回の陸王というドラマが
ただのエンターテイメントで終わらなかったのは、
自分の中に仕事に関する課題意識が
常にあるからだと思います。


好きなことを仕事にしているから、
常に仕事のことが頭の片隅に残っている。


完全に電源オフではなく、
パソコンのスリープモードのような感じ。

だから陸王を見ていて、
ひきつけられ、意識が高まるのを
感じたんでしょうね。


毎週日曜が楽しみで仕方がありません。

TBSの陸王を見ていない人は
ぜひ見てください!




2017年10月28日土曜日

余暇が増えても仕事が好きにならない限り、幸せにはなれない。

ブラック企業とか、
定時退勤だとかいう言葉が
目立つようになってきたということは、
従業員が守られているということ。


とっても人間的だとは思うんですが、
自分がはじめて教師になった頃は、
全く違う概念で働いていました。
守ってもらいたいなんて意識は
ありませんでした。


むしろ経験と技術が無い新任のころは、
量でカバーしようと思って、
かなり残業もしていましたし、
家でも仕事をし続けていました。


朝は早朝オープンした喫茶店によってから
学校に行っていました。
別にリラックスしていたわけではなく、
一日のスケジュールを立てたり、
教育関係の読書をしていました。


社会人を経験していたので、
他の大卒から教師になった人より
スタートは遅れていました。

その遅れを量でカバーしようと思ったのです。


自分にとって、それは当たり前にやっていた行為で、
命令されていたわけではありません。


だから、働き方を改革で
従業員として守ってやると
余暇を増やされても、
結局仕事をしていたでしょう。


しかし、自分は苦しかったかというと、
そうではなく、精神的にはかなり充実していました。


仕事が好きなことだったからです。
教師という仕事に好きでなったから、
当然、好きなことは休みでも朝でも
家でもしたくなったというわけです。


もし、仕事そのものが嫌いなら、
どんなに守られて、
余暇の時間を増やされても、
人生が幸せか?と聞かれたら、
結局、休んだ分、
行くときに億劫になるだけ。

幸せとは言いにくいのではないでしょうか。


従業員を守るということは
大切なことですが、
個人個人が考えるべきことは、
根本となる「仕事を好きになる」ところ。


個人個人が今やっている仕事を好きになる。
もしくは好きなことを仕事にすること以外は、
従業員として守られても
決して幸せにはなれないのかな
って思うのです。


アイスクリームを売っている自転車屋台。

目が合うと笑顔で自分の横を通り過ぎていきました。
心がほっこりしました。

2017年10月26日木曜日

タイのプミポン前国王火葬式当日のバンコクの様子

2017年10月26日は
タイの偉大な国王だった
プミポン前国王の火葬式がありました。


タイは祝日となり、
道路は空いています。
道路の空き具合に意識が向いてしまうのが、
タイ在住の性です。


数日前から街はプミポン前国王の火葬式に向けて、
追悼の意を表して肖像画が飾られていました。

セントラルワールドの壁面はプミポン前国王の肖像画で
埋め尽くされています。

ISETANの壁にも。


当日はセブンイレブンも午後に閉店するレベル
国全体で追悼します。


ここまで国民に慕われる国王は
世界的にも歴史的にも
稀有な存在ではないでしょうか。


わが家はThe9というショッピングモールに行きました。


タイの街の人々は、黒い服装で
追悼の意を表します。


こうやって国民が統一したことをやるというのは、
日本ではありえませんよね。


昭和天皇が崩御したときも、
テレビで自粛などはありましたが、
街は至って普通だった記憶があります。

たしか、井上陽水さんが出演されている
「お元気ですか?」
というセリフのあるCMが自粛されたような記憶があります。


この様に座れるスペースがあり、
前面に大画面モニターが設置され、
プミポン前国王火葬式の様子が放送されています。


火葬式の様子をじっと見つめています。


ちなみにこの日のタイのテレビは、
各チャンネル統一した放送になっています。
これも日本ではありえませんね。


夜ご飯を食べに行くときに、
テレビから国歌が流れ、
みんな自然と立ち止まります。


ちなみに夜ご飯はドミノピザ。
ピザ作りを見学して良いスペースがあったので、
熱心に見ていました。


ピザを食べ終わって戻っても、
火葬式は続いています。
夜にライトアップされた装飾を見ていると、
自然と心が穏やかになってくる気がします。


家に帰って、テレビをつけると、
ちょうど秋篠宮ご夫妻の場面。

あまりのグッドタイミングに
日本との縁を感じざるを得ません。
軽くテンションが上がってしまいました^_^;


私がタイにきて10年以上。
タイの国民に愛されている場面を目にしてきた
偉大なる国王。
本当のお別れという感じがして
少しさびしいものがあります。


プミポン前国王の火葬式当日のタイの様子でした。

2017年10月25日水曜日

自分の理想の死に際は眠るような安楽死。病院の延命処置が必ずしも正しいとは限らない。

バンコクの電線です。
線だらけ。。。


このブログを読んでいる方は、
死について考えたことがありますよね?


死は避けられないことなんで、
自分も当然考えたことはありました。

でも、死ぬことについてではなくて、
自分の死に際についてとなると、
しっかりと考えたことはなく、
ブログを読んでくださっている方の中でも、
ぐっと人数が減ると思います。


気持ち良く眠るように死にたい。


こんな風に死に際を考える人が
多いのではないでしょうか。


誰もが苦しんで死ぬより、
最後は眠るように安らかに死を迎えたいはず。


でも、日本の病院で死を迎える人の様子は、
明らかに違うことが多い
ということに恐怖を覚えるのです。


もし、自分がチューブをたくさん体に通され、
真っ白な病室の中に何年もいなければならない
と考えると、かなり苦しいです・・・


いつか自分もあの病院に行く日が来る。
そう考えると、他人事ではない気がするのです。


日本の病院の役割というのは、
人を死から救うことです。


自分は安らかに死にたい。

でも、日本の病院は死を救ってくれる

本来なら素晴らしいことですが、
ここに少し行き違いが生じてしまっているのが、
なかなか厳しいところです。


延命処置をすることは
病院にとっては、とても大切なことです。
ありがたいことです。

でも、私が理想とする人生の終わり方は、
チューブを体中に通し、
痛み止めと点滴の中で生きる状態とは、
まったく逆なのです。


これは私個人の思いです。


生きたい!という本人の願いがあったり、
残された家族が是が非でもと考えている家族を
否定しているわけではありません。


世の中には、老後を楽しみにして、
今は歯をくいしばって、
必死で働いている人が多くいます。


楽しみを後回しにし、
未来のために必死に勉強し、働いてきた。


その結果として、体に負担がかかり、
老後に倒れ、病室でチューブに繋がれる。
もし、回復の見込みがなくても、
ずっと延命処置をされ続ける。


事実としてあり得ることです。


日本は安楽死は法的にダメです。


ずっと頑張ってきた人たちが
最後は気持ちよく眠るように
死を迎えることが許されていいんじゃないか
って思うのです。



日本が変わらないのであれば、
老後は安楽死が認められる国へ行き、
ゆったり死を迎えたい。


もう無理だとうすうすわかっているなら、
綺麗なところで、眠るように死を迎えたい。


スイス- 1942年
アメリカ(オレゴン州) - 1994年「尊厳死法」成立
オランダ- 2001年「安楽死法」可決。
ベルギー- 2002年「安楽死法」可決。
ルクセンブルク- 2008年「安楽死法」可決。
アメリカ(ワシントン州) - 2009年
           Neverまとめ より

今のところ、尊厳死、安楽死が認められている国や地域です。

まだまだ多いわけではありませんが、
命を個人の手に戻し、
個人の自由にさせるということは、
とても素敵なことだと思います。


自殺を奨励しているわけではありません。
最後の最後、歳を重ね、
助かる見込みがないという病状においては、
尊厳死という選択肢を
個人の手に残しておいてほしいのです。

永遠に死なないなら
朝からこんなこと考えないんですが、
必ず経験しなければならない
ビッグイベントである死だからこそ、
目をそらさずに考えておく方がよいのかな
って思うんです。

まだまだ先だと思いますが、
今朝、ニュースを見ていて
ふと考えたことです^_^;
朝から考えることじゃないですね。
寝起きで焼肉のような重さ。

今日も頑張ります。

2017年10月24日火曜日

子どもの創造力、個性を摘む社会の風潮


創造力豊かとか、
個性あふれるという言葉は、
教育現場では良く耳にします。


私みたいに教師でなくても、
この言葉を目にしたり、
耳にしたことはあるはずですよね。


子どもを取り巻く環境を見渡せば、
言葉だけが一人歩きしていて、
全く行動が伴っていないということは
たくさんあります。


学校に行けば、
子どもたちの創造力を止めるルールや
個性を止める行動が山ほどあります。


自分は合唱練習で
やたらと大きな声を出させることが
嫌いでした。


1人ひとり違う声をもち、
それが合わさって綺麗なハーモニーになる。
個性を生かし、個性を抑える。


個性を生かすということが前提にあるのに、
闇雲に大声を出させることは
抑圧的で好きになれませんでした。


学級通信もそうです。
自分はA4ではない大きめの紙で両面にしたり、
2枚をホッチキスで止めて配ったりしていました。


でも、現在ではA4で統一され、
紙面構成まで統一されている学校があるようです。


私がいた学校では、
4コマ漫画を学級通信に描いていた先生もいました。
賛否なんて関係なく、
個性を出している先生は、
子どもの個性も認める器がありました。


先生の個性を発揮する一つの場所として
学級通信があるのだと思っていたので、
時代を逆行している学校もあるようです。


個性を発揮できない組織にいる先生が、
子どもたちの個性を育てるというのも
おかしな話だと思います。


野球の坊主も個人的には
あまり好ましいとは思えません。
坊主の子はいてもいいですし、
それが悪いとは言いません。


さすがにロン毛は邪魔ですし、
適した髪型にする必要はありますが、
坊主を強制する必要はないなと思います。


野球だけがその子の生活では無いので、
野球だけに最適化した頭にする必要は無いはずです。


それを善しと思ってやる人がいても良いですが、
権力を持つ大人が強制してはいけないと思います。


また、強制するようなオーラが蔓延していても
いけないと思います。


あれ?なんで俺坊主にしないといけないんだろう?
野球したいだけなのに。
と自分で考えることも許されず、
言われることをただ鵜呑みにする姿勢にも
問題があるように感じます。


スポ刈りにしたくないから
野球はちょっと・・・と思っている子もいるかもしれません。

スポ刈りにできないくらいの根性なら
野球をやるな!なんてスポ根アニメのような
声もあるのかもしれませんが、
全く根性の大きさはスポ刈りでは
測れないでしょう。


海外のことは知りませんが、
アメリカでバスケはスポ刈りなんて
決まっているのでしょうか?
インターはどうでしょうか?

きっと自由なんじゃないかなと思います。


テレビを見ていても、
少しでも個性あふれる人が出てくれば、
あらさがしがスタート。


何かミスがあれば、
一斉に叩かれています。


個性を抑圧されて大人になった人が、
自分ができなかったことを
成し遂げようとしている人を叩いて、
溜飲を下げる。


そんな寂しい構造に思えてなりません。


社会の風潮を変えることは
なかなか難しいものです。

だからこそ、
これから社会を作る子どもたちは、
個性を生かして、創造力を摘まないように
育ててあげられたらなと思うのです。




勉強嫌いは親のせい/親として伸びしろがあるのかなという話

今日は昼ごはんにFOODLANDという店で、
海鮮風上海ヌードルというものを注文してみました。


なんか名前に惹かれるものがあり、
堅麺であんかけのようなものが
かかっているイメージをもっていました^_^;

かた焼きそばのようなもの。


ヌードルが透明のマカロニのような感じで、
味はケチャップベースで全体についています。

野菜はかみごたえのある感じで、
全体的には悪くはないけど、
二度目は無いなという味でした。


ちなみにFOOD LANDはおすすめの店です!
気軽にしっかりとしたタイ料理を食べることができます。

参考記事→おすすめタイ料理店「FOOD LAND」


さて、
前に子育てのブログで、
勉強嫌いにしているのは親である自分のせい
という記事を書きました。



これはどうして書いたかというと、
我が子が勉強で質問をしてきたとき、
イライラして強い口調で説明してしまい、
涙ぐませてしまったことの反省の弁でした。


強い反省を胸にして、
もう質問してくれないかもしれないな・・・
と思っていたら、
今日もありがたいことに
息子が自分に質問をしてくれました。


算数の約分と通分のところでしたが、
ちょっとありえない間違いをしていて、
一瞬、ムラムラと湧き起るマグマの源泉を
見るような気配がありました。


が、昨日のことを思い出し、
とても穏やかに何事もなかったかのように、
冷静に説明をしてあげました。


負の感情を入れず、優しく説明すれば、
昨日とは大違いです。
当たり前ですが^_^;

抵抗なくスムーズに聞きいてくれ、
理解してくれました。


そして、昨日のことが嘘のように
あっという間に終えることができました。


教師としては、子供たちに対して
様々な手立てを根気強くすることができるんですが、
親としては
まだまだ成長の途中だなと痛感しました。

ここに至るまでの詳しい心理状態はこちら。
子育てブログUP






2017年10月23日月曜日

【タイらしさ】バンコクの町中で放し飼いの鶏

息子とお昼ご飯を買いにTOPSへ。
バンコクの町中で放し飼いの鶏

放し飼いの鶏2羽。
珍しい光景に息子も喜んでいました。

バンコクの町中で放し飼いの鶏
丸々と太った立派な雄鶏です。

見ていると鶏が堂々と道路を横断し始めました。

バンコクの町中で放し飼いの鶏
そして駐輪場にやってきて、
キョロキョロして、地面をついばんでいました。


タイに住んでいて、
いくら日本と文化が違うと言っても、
こんな街中で鶏の放し飼いは、
さすがに珍しいです。


コンクリと鶏という組み合わせも
何か妙です^_^;


かなり自由な放し飼いで、
この後、もっと遠くまで移動していましたが、
誰も止めることはなく、
また自分で元の場所に戻っていました。


鶏は帰巣本能があるんですね。

バンコクの自由な鶏を見て、
のんびりした気持ちになるお昼でした。


ちなみに以前も鶏の放し飼いの記事を書いていました。
TOPS前の放し飼いの鶏



2017年10月22日日曜日

好きなことを仕事にするとは簡単なことでは無い。

好きなことを仕事にする。



簡単な言葉だけど、
これを実現することは難しい。


難しいからこそ、
チャレンジのし甲斐がある。


好きなことを仕事にする上で大切になることは、
好きであるだけでなく、
得意なことでもあることだ。


好きなことであり、得意なことである。


好きなことだけでは、
仕事にはならない。


その仕事を好きな人が集まっているんだから、
好きな仕事の分野の競争は激しくなる。
あたりまえです。


その激しい競争で勝ち抜くためには、
得意なことでなければならない。


もし、得意でないのならば、
人並み外れた努力の
さらなる上の上の努力が必要になる。


なぜなら、好きで得意な人は、
普通の人が見たら努力していると思われることを、
本人は努力と思わずやっているからです。


努力がデフォルト状態。


好きで得意なのに、
努力までしている。


そんな人たちに勝つためには、
好きなだけでは弱過ぎます。
圧倒的な努力が必要になってきます。



時々、テレビで売れないお笑い芸人さんが
出演されていることがある。


素人目からしても、
好きなことを追求しているのは
伝わってくるけど、
得意なことではないんじゃないかな?
と感じることがある。


さらに、好きなことを追求している
という姿を陰にして、
けっこう怠けている人もいる。


本気で芸を追求することなく、
好きなことを仕事にしたいという気持ちに
酔っていないか?


ライバルたちは、
好きで、得意な人たち、
さらに努力をしている人たち。


そんな好きで、得意な人たちの努力を
圧倒的に凌駕する努力をしていないで、
売れないと嘆いているなら、意識が低い。


好きなことを仕事にすることは
そんな簡単なことではない。


で、ここで重要なことは、
最後は自分で決めて、
覚悟をもつということ。


成功するか、失敗するかは誰にもわからない。
成功の可能性を高めていくことならできる。


好きなことを仕事にしている人は、
客観的には華やかに映るかもしれないけど、
白鳥の様に水面下では
足をばたつかせている。必死です。


自分も好きなことを仕事にしたいなら、
その覚悟ができるのか。


一度しかない人生だから、
覚悟して挑戦するのか、
挑戦せずにとりあえず生きるのか。


人生はそこが問われるんだと思います。
自分自身に。


関連記事
好きなことを仕事にしているカフェ
BATCAT MUSEUM(バットキャットミュージアム)
 に行ったお話。

2017年10月21日土曜日

プミポン前国王の火葬式直前のバンコクの様子

プミポン前国王。
タイの国民から愛された国王です。


私がタイに初めてきたときから、
お札で頻繁に目にした肖像画。


街中にある写真。
※これは崩御後の写真なので白黒です。

お店の中にある肖像画。


テレビで流れる王室のニュース。

さらに、映画館では、
上映前にプミポン国王の偉大な業績が
壮大な曲に合わせて流れます。
それを起立して見ます。


はじめは、こうやって洗脳しているのか?
と外国人として斜に構えてみていましたが、
プミポン国王を知れば知るほど、
人格者として愛されていることがわかりました。


そのプミポン国王が崩御されたのが
去年2016年10月13日です。
2017年の10月13日を過ぎて、
あっと言う間に1年経ちました。

そのときのブログ記事がこちらです。

そして、2017年10月26日に
火葬式があります。

現在の街中の電光掲示板には
こんな画像が流れていました。
プミポン前国王火葬式
プミポン前国王について書かれています。
真っ暗な夜に、ぽっかり浮かぶプミポン前国王の姿を拝見すると、
ちょっと寂しいような気持ちになるものです。


マックスバリュというスーパーの中には
このような張り紙がありました。

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2017年10月26日(木)は
プーミポン・アドゥンヤデート前国王の火葬式を行う日になります。
従業員とテナントのスタッフの皆さんが哀悼の意をささげられるため、
マックスバリュースーパーマーケットと
マックスバリュタンジャイは全店舗10月26日の
15:00~24:00まで一時的に閉店します。
------------------------------------------------------

もちろん、私も塾はお休みにします。

デパートも商店もこの日はお休みになるところが
ほとんどでしょう。

街中が悲しみにくれる日となります。

時は流れていきますね・・・
寂しい気持ちがします。


2017年10月20日金曜日

ベランダの巣から雛の泣き声。鳥に癒される日々。

家のベランダに市販の鳥の巣を買って、
付けています。


左上のところです。


前々からベランダの植木のところに
同じ鳥が休憩しに来ていたんですが、
あるときからこの巣を使い始めていました。



ちなみに昔は自分たちで巣を作った鳥もいました。
そのときの記事はこちら→ベランダの巣


そして、現在は、
見えるでしょうか?

木の枝がつまり、
完全に中が巣になっています。


さらに親鳥が来ると、
「ピヨピヨ・・・・」と雛の鳴き声までしています。


鳥を見ていると、
また鳴き声を聞いているだけで、
日常生活を送っているときの緊張感が
緩まるような気がします。

親鳥はせっせと餌を運んでいます。
本当に働き者です。


仕事場に行っても、
鳥に癒されました。
2羽の鳥が仲睦まじく寄り添っていますね。

広々とした空にたった2羽。
ギュッと情報が詰まった中で生活していると、
こうやって情報量が少ない景色が心地よく感じます。


そしてわが家では。。。
手乗り文鳥が兵隊を倒していました。


ちなみに昔の記事では、
けっこう自分は顔出ししていたんだなと気づきました。

ではでは。


2017年10月19日木曜日

富士のように自分を創り上げる!宮本武蔵から学ぶ


寝る前にちびちびと読んでいる小説
宮本武蔵」は終盤の6巻となりました。

全8巻なので、最後がわかっていても
ちょっともったいないような気もしつつ、
噛みしめるように読んでいます。


宮本武蔵は、男であれば、
その生き方に憧れを抱くはずの
歴史上の偉人です。


もちろん、史実ではないので、
吉川英治さんが書いた小説の宮本武蔵が
人気があるわけです。


読んでいれば、
様々な気づきがあるのですが、
今夜、読んでいて、
ふと目に留まる文がありました。


「あれになろう、これに成ろうと焦るより、
   富士のように、黙って、
 自分を動かないものに作りあげろ。

 世間へ媚びずに、
 世間から仰がれるようになれば、
自然と自分の値打ちは
 世の人がきめてくれる。」


私の心にぐっと響いた言葉でした。



自分の想いと一致する
なんていえばかっこいいですが、
おぼろげな思いに言葉をもらった気分です。


小作な手段で目先のことに
一喜一憂している自分はまだまだいます。


でも、冷静に考えることができているときは、
枝葉に気をとられているのではなく、
根っこを育てていかなければ
という思いが強く沸いてきます。


自分にとっての根っこを育てるとは
どういうことなのか。

ここについても
もっと掘り下げて考えていかなければならない。


その根っこを育てるということに
強い意味を持たせるためには
どんな果実を手に入れたいのか
ということで変わります。


だからこそ、
闇雲に動き回るのではなく、
どっしりと富士のように構えるために、
自分の立ち位置を見つめる必要がある。


そんなことを考えていました。

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2017年10月18日水曜日

ヒクソン・グレイシー「心との戦い方」【自分の心を鍛えられる良本】

お昼にTOPSで読書をする習慣。

現在、読み込んでいるのは
ヒクソン・グレイシー 心との戦い方

かなりのマニアックさだと自覚していますw

さらにマニアックなのが、
もうすでに1回読み終わっていて、
今は2周目だということです^_^;


ほぼノールールの危険と隣合わせの試合で
400戦無敗という驚異の強さをもつヒクソングレイシー。


彼が緊張感、プレッシャーの高いリングで
どうやって自分の心をコントロールしていたのか
ということに興味があるのです。


実は以前もヒクソンの本を読んでいました。
その時の記事
ヒクソングレイシー無敗の法則


教師という仕事も、
PC授業やプリント授業なら
心を度外視してマニュアルのようにできます。


でも、自分は勉強を通して
子供たちの人間性を高めさせてあげたいという思いがあり、
そのためには、
子どもたちの心と正面から向き合う必要があります。


そこで子供たちと交わされる対話は
言葉だけではなくて、
眼が合うだけでも可能です。
表情だけでも可能です。
ちょっとした体の動きでも可能です。


そのとき、自分の心が強くなければ、
子どもたち全員と正面から向き合い、
受け止めきれません。
子供たちはそれくらいパワーをもっています。


子供たちと向き合うことには相当エネルギーを使います。


とくに心に課題を抱える子は
相当繊細な駆け引きが必要になり、
すごく自分のエネルギーを消耗します。


だから、心の機微のヒントを得るために
ヒクソングレイシーの本を手に取ったわけです。


本から。
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自分の職務を遂行する上で、
誰もが完璧を目指さなければならない。
「これくらいでいいだろう」
「大体できたから・・・」
ではダメなのだ。
  
それでは、厳しい競争に打ち勝てない。
仮にその道のプロになれたとしても、
その分野のトップ、
あるいはトップクラスには、
とうてい到達できない。
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教師である自分も
トップ、あるいはトップクラスを目指したい
気持ちが引き締まります。

マニアックですが、
格闘技が好きな人は、
興味をもって精神面を学ぶことができる1冊です。
ヒクソングレイシー 心との戦い方



仕事終わりに買い物で再びTOPSへ。
昼もTOPS、夜もTOPS。
するといつも昼に出会う犬が、
夜も自動ドアからもれるエアコンの風に
気持ちよさそうに半分閉じた目でリラックスしていました。

そんな1日でした。



2017年10月16日月曜日

タイの屋台のおじさんはかっこいい自立した生き方だ。


自立した人間でありたい。


塾を経営しているのは、
自分がやりたい教育を
他人の干渉を受けずに思う存分するための
一つの手段です。


別に学校に所属しながらでも
できないわけではなかったんですが、
様々な条件が重なると、
できないこともありました。


自分で塾を開くことにし、
結果として、
日々、塾経営、授業の仕方、
塾以外の自由な時間を
どう使うのかなどの試行錯誤を通して、
自立した人間に近づいているかな
と思っています。


自分の考えを確立していること、
自分のプライドを失わずにもてることが
自立の土台になると思っています。


自立した人間というのは、
何も独立して会社経営しないとできないわけではなくて、
他人の会社にいても
自立した人間にはなれるものです。


学校現場でも自立したかっこいいリーダーのお陰で、
自分も自立心を保って働くことができました。


長いものに巻かれる弱い精神でなく、
自分の意見をはっきりもった
強い精神で生きているなら、
会社に所属していても自立しているんだと思います。


また、上司は部下の自立をサポートした方が良いですし、
部下も上司に依存せず、自立して働いた方が良いと
考えています。

依存し合うと、力は単純な足し算。
自立し合うと、力は掛け算になる。


自分は赤バスにお世話になった経済的に苦しい時代から
1歩ずつ登って今の状況まで来ました。


経済的に苦しいときも味わってきましたが、
嫌だったことがあります。


それは、
お金を持っている人にペコペコすり寄ることです。
これだけはしたくないと思いました。


テレビで芸人さんが
太鼓持ちといって、
ベテラン芸人をよいしょして
ヘラヘラしている姿を目にします。


男としての自立するのとは逆の
プライドを捨てたような生き方が苦手です。


一度しかない人生なのに、
自分で何かをしようとせず、
他人の褌で相撲をとるような
生き方をしたくない。


これは他人に強要するのではなく、
自分に対する生き方の指針です。


一番上の写真はクイッティアオの屋台です。

ヘラヘラお金を持っている人、上司
をよいしょしている生き方より、
人間としては自立した立派な生き方だと思います。


ちょっとお金があるからと言って、
この人たちの生き方を見下すことはできません。
経済とは別の評価の物差しを忘れては
いけないと思います。


そんなことをクイッティアオ屋台の前で
考えていました。これで40B(120円)。
うまし。


2017年10月14日土曜日

タイ、バンコクの洪水の様子~flood of bangkok~


昨日のバンコクは夜中にずっと大雨が降りました。
朝、雨が止んでいるバンコクの街に出ると、
かなりの洪水でした。

タイに住んでいると、
「恒例の」
「安定の」
という言葉が洪水の前につきます。


在タイ10年以上ですが、
なかなか記憶に残る洪水でした。

どれだけひどいか動画を撮ってみたんで
タイに行ったことが無い方は
ぜひ見てみてください!

タイに住んでいた方は・・・
驚くというより、
むしろ懐かしいでしょうね^_^;











写真でもUPしておきます。

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バンコクの車の事故

ペップリー通りでは、事故した車が1台止まっていました。

周囲に他の車は無いので、
スリップの自爆かもしれません。

バンコクの車事故

タイの人は運転が荒いです。

日本から初めてタイに来たとき、
車間距離の狭さにびっくりしました。

車間距離が狭いからブレーキを頻繁に踏むことになり、
ただでさえ渋滞しやすいのに、
より渋滞に助っ人をする人が多いです。

バンコクの洪水
わが家の近くですらこの洪水具合。

前の車が止まれば、
この下水直通の水に足を入れなければならないので、
かなり慎重に進むことになります。

バンコクの洪水
スクンビットのソイ39はこんな感じの洪水具合。
歩いている人もいましたが、
私はこの下水直通の水の中は
歩きたくないですね・・・

写真だとわかりづらいですが、
かなりいろいろな物が浮いていたり、
嫌な臭いが発生しています。

上に貼った
動画の3番目は水の濁りが分かりやすいです。

これだけ広範囲の洪水だと
日本ではYAHOOニュースのTOPかもしれませんが、
タイは「あぁ、ひどいなぁ」で通常運航。

すれ違うバイクは目が合うと( ̄ー ̄)ニヤリ。
知らない人同士でも洪水でつながります。

タイの洪水の様子でした。


関連する記事
タイの洪水から常識にとらわれて生きることを考える

2017年10月13日金曜日

「松浦弥太郎の仕事術」/私が尊敬する著者

洗うほど靴は愛着を増す

今日は午前中に靴を洗いました。
休日にスニーカーは履かないので、
1か月に1回程度は洗います。

気に入った靴は、そればかりを履くので、
かなりくたびれてきました。


でも、洗えばまだ心地よく履けますし、
洗うことで愛着も増してくるものです。


このオニツカタイガーは決して安い靴では無いんですが、
自分が気に入っていない安価な靴を買うより、
自分が気に入った靴を手入れしながら履いた方が、
1日の気分は全く違ってくると感じています。


午前中の仕事がひと段落したら、
お昼を買いに近くのスーパーへ。

週5で通うそこの喫茶店で30分程度の読書。

私が尊敬する著者「松浦弥太郎」


今読んでいるのは、
松浦弥太郎の仕事術という本です。


暮しの手帖という雑誌の編集長の方で、
私が個人的に大好きな方なんです。

この松浦弥太郎さんの文章は
本当に温かみがある文体で読んでいて心地よいんです。
しかも、プロ意識も高いので、
温かみの中に芯がはっきりしていて、
9冊くらい松浦弥太郎さんの本は持っています。

松浦弥太郎さんの著書


本屋で見つけたら
ほぼ無条件で買う著者なんで、
気付いたら9冊になっていました。

それだけ文体も内容も好きなんです。

この仕事術の本は、
松浦弥太郎さんが仕事をする上で大切にしていること
について、丁寧に丁寧に語ってくれます。
当然、かみしめて読んでいるんで、
かなりゆっくりしたペースで読んでいます。

自分の理想の大人像の1つ。
余計な装飾をそぎ落としたような
本質を語ってくれる人です。
私の価値観を作ってくれています。

昼ごはん


昼ごはんはかつ丼。持ち帰りで65B(195円程度)

かなりのボリュームで、白飯は残してしまいました。
1週間に1度は食べるメニューです。

そんな1日のどーでも良い日記でした。

興味がある方はぜひ。


2017年10月11日水曜日

若いうちは海外へ出ろ!とは思いません。

若いうちに海外へ出ろという人がいる。
自分は全くそうは思わない。


別に海外に出なくても何も困る事はない。


日本で生活することは至って普通のことで、
海外に出た人が偉いわけでもすごいわけでもない。



日本にいても
広い視野で働く人はいます。
本人の心がけ1つです。
別に海外に出たのか、
出ないのかの差だけではありません。

海外に出て、何年暮らしても、
現地の言葉を話せない人なんて
ザラにいます。

ただし、海外へ出ろ
ということを言いたくなることもある。


それは、海外で働き、生活したい思いがあるのに、
「自分は海外で働いたり、生活したりするなんて無理。」
なんて、行動する前から無理だと決めつけている人に対して。


面白い話を聞いたことがあります。


小象の足を小さい杭にチェーンで結んで育てると、
大人になって軽く杭を抜ける力があるのに、
そのままチェーンの範囲で過ごしてしまう。


今まで自分がしてきた生活の範囲以外では、
行動できないと初めから思い込んでしまっている。


海外で生活することなんて簡単です。
文化、習慣が違うだけです。


海外で暮らすことに憧れていて、
多少の苦労は乗り越えていく覚悟がある。
でも、自分には無理かなと躊躇しているなら、
海外に行ってみた方が良い。


行ってダメならスッキリするだろうけど、
行かずに歳を重ねたら取り返しがつかないレベルの
後悔をするかもしれないから。


ヘタに世界一周したり、
自分が海外で生活している人に限って
若者は海外に出なければダメだ!
なんて偉そうに言う傾向があるけど、
海外に出なくても全く問題はありません。


海外で生きることは
夢物語の楽しいことばかりではありません。


仕事、生活、老後、病気と
日本以上に考えることがたくさんあります。


それでも海外に行きたいなら行けばいい。
若いのであれば、多少の失敗なんて
取り返しがききます。


人生は1度きりだから、後悔ないように生きたらいい。
そう思います。


2017年10月10日火曜日

タイを去る外国人が語るタイの嫌いなところ~googbye thailand~

今朝もプールで泳ぎましたが、
その前にある外国人の人と立ち話。


在タイ15年以上。
もうすぐタイから去ろうと思っているとのこと。


理由を聞いてみると、
タイに対する不満が口からあふれていました。


タイ人の動作が遅い。

セブンのレジはだらだらしている。

タイ人は仕事を怠ける。

タイの街はボロボロ。


タイは観光で来るなら良いところだけど、
住むとなるとうんざりだと。


・・・。


気持ちは良くわかります。


タイに観光で来るのと
住んでみるのとでは、
ストレスは大きく大きく変わりますね。


レジには秩序が無いですし、
タイの人は勤勉ではない人が多いのは事実です。

それでも成り立つ国だからです。

不正も多い。

では、自分はなぜタイに住んでいるのか?


細かいところを見たら、
この外国人と同じ感想を持ちます。


でも、トータルで考えると
タイの好きなところが勝っているのかな。


今の生活にも不自由はありません。
毎日泳ぐなんて日本にいたら
とても難しいでしょう。


家の近くならノーヘルでバイクに乗れます。
日本では、家の近くのコンビニでも
絶対にダメです。
自分で行動の自由を選べることが心地よいです。


屋台ですぐにB級グルメが買えるのもいいです。

寒さが苦手なんで、
いつも温かい気候が好きです。

自分がやりたい教育が
塾を経営することでできているのも
感謝できます。


何よりも、
家族がこっちで太い根をはり、
生活をしているということ。
これだけでも十分な理由となります。


日本であれ、タイであれ、
良いところ、悪いところは多々あります。


他人とどっちが良いと競っても意味がなく、
自分がどっちに住みたいのか?
ということに納得できていたらいいんだと思います。


時々話す外国の人は
タイから出ていきたい。
良いことか悪いことかではなく、
ただそれだけのこと。


自分だってタイに一生いると確定したわけではなく、
何かのきっかけで日本に帰るかもしれません。


それはわからないことです。
今、自分がやりたいと思うことを
正しく選択していくのみです。