2017年10月25日水曜日

自分の理想の死に際は眠るような安楽死。病院の延命処置が必ずしも正しいとは限らない。

バンコクの電線です。
線だらけ。。。


このブログを読んでいる方は、
死について考えたことがありますよね?


死は避けられないことなんで、
自分も当然考えたことはありました。

でも、死ぬことについてではなくて、
自分の死に際についてとなると、
しっかりと考えたことはなく、
ブログを読んでくださっている方の中でも、
ぐっと人数が減ると思います。


気持ち良く眠るように死にたい。


こんな風に死に際を考える人が
多いのではないでしょうか。


誰もが苦しんで死ぬより、
最後は眠るように安らかに死を迎えたいはず。


でも、日本の病院で死を迎える人の様子は、
明らかに違うことが多い
ということに恐怖を覚えるのです。


もし、自分がチューブをたくさん体に通され、
真っ白な病室の中に何年もいなければならない
と考えると、かなり苦しいです・・・


いつか自分もあの病院に行く日が来る。
そう考えると、他人事ではない気がするのです。


日本の病院の役割というのは、
人を死から救うことです。


自分は安らかに死にたい。

でも、日本の病院は死を救ってくれる

本来なら素晴らしいことですが、
ここに少し行き違いが生じてしまっているのが、
なかなか厳しいところです。


延命処置をすることは
病院にとっては、とても大切なことです。
ありがたいことです。

でも、私が理想とする人生の終わり方は、
チューブを体中に通し、
痛み止めと点滴の中で生きる状態とは、
まったく逆なのです。


これは私個人の思いです。


生きたい!という本人の願いがあったり、
残された家族が是が非でもと考えている家族を
否定しているわけではありません。


世の中には、老後を楽しみにして、
今は歯をくいしばって、
必死で働いている人が多くいます。


楽しみを後回しにし、
未来のために必死に勉強し、働いてきた。


その結果として、体に負担がかかり、
老後に倒れ、病室でチューブに繋がれる。
もし、回復の見込みがなくても、
ずっと延命処置をされ続ける。


事実としてあり得ることです。


日本は安楽死は法的にダメです。


ずっと頑張ってきた人たちが
最後は気持ちよく眠るように
死を迎えることが許されていいんじゃないか
って思うのです。



日本が変わらないのであれば、
老後は安楽死が認められる国へ行き、
ゆったり死を迎えたい。


もう無理だとうすうすわかっているなら、
綺麗なところで、眠るように死を迎えたい。


スイス- 1942年
アメリカ(オレゴン州) - 1994年「尊厳死法」成立
オランダ- 2001年「安楽死法」可決。
ベルギー- 2002年「安楽死法」可決。
ルクセンブルク- 2008年「安楽死法」可決。
アメリカ(ワシントン州) - 2009年
           Neverまとめ より

今のところ、尊厳死、安楽死が認められている国や地域です。

まだまだ多いわけではありませんが、
命を個人の手に戻し、
個人の自由にさせるということは、
とても素敵なことだと思います。


自殺を奨励しているわけではありません。
最後の最後、歳を重ね、
助かる見込みがないという病状においては、
尊厳死という選択肢を
個人の手に残しておいてほしいのです。

永遠に死なないなら
朝からこんなこと考えないんですが、
必ず経験しなければならない
ビッグイベントである死だからこそ、
目をそらさずに考えておく方がよいのかな
って思うんです。

まだまだ先だと思いますが、
今朝、ニュースを見ていて
ふと考えたことです^_^;
朝から考えることじゃないですね。
寝起きで焼肉のような重さ。

今日も頑張ります。

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