2026年8月26日水曜日

帰タイで蘇るマイペンライでイライラした想い出

8月中旬に12日間帰タイしていました。

スワンナプーム空港内の画像

        ▲スワンナプーム空港内

タイは15年間住んでいたので、胸がときめくって感じではないですが、

まぁ、日本の短距離走ダッシュのごとくせかせか生きる世界で生きていると、

ふと力を抜いてのんびりしたくなる。

周囲がのんびり生きているタイは居心地いいなっていう思いはあります。

ただ、タイで会社勤めするのはなかなかきつかったなって記憶があります。


マイペンライ。

良く言えばおおらか。悪く言えば適当。


働いていると、悪い意味の「適当」の方で精神がやられることが多かったな。


自営業をしているときは雇っていたドライバーさんが、

超簡単な生徒のピックアップを家を抜かすというミスは度々。

しかも道がこれまた適当な作りで一通ばかり。

一度生徒を抜かすと渋滞しているし、そもそも道がUターンできないんで、

流れるプールを浮き輪でぷかぷか元の場所に一周して戻るようにしなければいけなくて、

そりゃ塾の時間も終わりに近づくころに生徒が来て、

30分も授業にならず、さよならなんてこともありました。


親に謝罪するのは自分。

ドライバーさんは、苦笑い。怒っても変わらんので、やっぱマイペンライ。


あげればキリないけど、イライラストレスで鬼軍曹みたいな表情になっていたかもしれません。


だから、タイで会社を経営するとか、組織で働くとかそういうのは

もう無理だなぁなんて、ふとタイにいるときに考えていました。


また、帰タイの想い出でも書こうかと。気分が向いたら。

パートンコーの写真
           ▲タイの朝飯の定番パートンコー


2026年8月7日金曜日

映画『ブルーピリオド』感想|「本当にやりたいこと」が見つかった人間は、才能を超えていく

映画ブルーピリオドを観てのブログのアイキャッチ

映画のブルーピリオドを観た。

東京藝術大学を目指す青年の物語。

自分の心の中から湧きおごる衝動。

心の底から好きなものは何か。

心の底からやりたいものは何か。


それが見つかった人は強い。


東京藝術大学に行っている人は、俗にいう天才、才能に恵まれた人という部類の人もいることだろう。


でも、この映画を観ていてそんな簡単な言葉でくくりたくないと思えた。


心からやりたいことが見つかった人間は、

才能、天才という言葉を凌駕する力を発揮する。


他人が見たら努力と思えることを本人は努力と思わずに

抑えられない衝動としてやってしまう。


芸術家が凄い。絵描きが凄いという職業比較でもない。


どんな職業であれ、この心意気でやっている人がいたら、

みんな尊敬に値する。


清掃業者の仕事だって、本当に自分の心からの衝動が沸き起こって

やっている人もいる。

昔プロフェッショナル仕事の流儀で見た記憶がある。


その人は、ただゴミを回収するだけではなく、

分別が甘い市民を根気よく導いていた。

そして、ゴミを回収するだけではなく、

鴉に寄って散乱したその周囲にあるごみも清掃して回収していた。


他にも気づかいはいろいろあったけど、

これは本気だからこそ生まれた視点、行動だろう。


他人は凄いな

で終わることができない、自分を見つめざるを得ない素敵な映画でした。

2026年7月28日火曜日

友達100人できるかな。

友達100人できるかな?って歌あるけど、

自分は友達多く欲しいとは思わなくて、

けっこう各分野で少数精鋭って感じ。


価値観の違いがあるのは当然だけど、

自分の中では譲れない基準はあって、

価値観が合わない人とは自然と疎遠になっていった。


どっちの価値観が正しいというわけではなく、

それは生き方が違えば、相手は正しいと思って行動し、

俺も正しいと思って行動し、

それが合わなければ疎遠になるってだけ。


合わせないのか?

ってことになるけど、

合わせられる価値観と合わせられない価値観があると思っている。


どんな価値観が合わせられないのか。

全部言語化しようなんて面倒。


ただ、心地よい関係ではないと思ったら心が疎遠になるってところかな。


タイでも知り合いは結構できたけど、

今でも続いている人なんてほんと少ない。


高校、大学もそう。盛り上がるだけの飲み会とかは参加しないから、

時間がもったいなく感じてしまう。

悪く言えば冷めてる。

良く言えば自分の時間を大切にしたいということ。

陽キャ的な人達とは自然と疎遠になったな。


今も続く小、中の友達は濃い。

会うたびに数時間も話し続ける仲間。

お互いの人生について話し合う。


バンコク日本人学校時代の知人も濃い繋がりがある。

会えば数時間、深いところまで話し続ける。


こう書いていて思ったのが

数時間、人生について話し続けらる、高め合える友達が残っているな。


これからの人生、またどんな繋がりができるのだろう。

楽しみでもある。

2026年7月26日日曜日

災愛を観て。

災愛という映画を観に行きました。


主人公の愛されたいという思いが執着になり、

その執着が相手を苦しめる結果に。

そして、相手からの執着が主人公を苦しめるという因果応報。


ストーリー的にはなんかどこかで見聞きしたことがありそうな展開だったけど、

やっぱ映画の中じゃなきゃあり得ない非日常的な天井の無い誇張があるからこそ

恐怖が増して、自分の頭の中にあるなんか似た部分も

引っ張り出されてなんかモヤモヤするような。


ただ、誰もが似た部分を持っているけど、

登場人物は誇張された存在だから、

そこに変に自分や相手を投影し過ぎて

気分をマイナスにし過ぎてしまうのは違うとは思っている。


思っていても、マイナスに物事を捉えてしまいそうな。

だから、映画は面白いけど、インパクトが強いだけに

人の潜在意識に悪い影響も与えるものにもなる。


愛と執着。

執着がゆえの共依存状態。

相手無しでは存在できないもろさ、危うさ。

相手ありきだからこそ、より依存が強くなる。


そしていつか愛は見えなくなり、依存状態を満たすための行動を最優先。

お互いが依存しているから、

徐々に自由に身動きできない状態になり、

最後はお互いが洗脳された状態での幕引き。


洗脳された側の復讐もかなったわけだけど、

スッキリしたとは思えない。


まさに因果応報。


ホラー映画は面白いけど、

人間の脳は情報を現実と非現実を区別せずに蓄積していく。


レモンが目の前になくてもかじった想像すると

唾が出るのはまさに現実と非現実を区別できていない証拠。


きっと頭の中に残酷な描写も現実、非現実を区別せずに

脳は蓄積しているだろから。

だから、さっき言ったけど、映画は面白いけど怖い。


そう考えると、最近見たマイケルジャクソンの自伝映画は

そんな心配する必要なくシンプルに面白かったです! 

また近々、考えたことを残しておこう。