2026年7月25日土曜日

仕事から見えるタイ人気質

毎年1回はタイに帰郷しています。

そして、今年もあと少しで2週間弱の帰郷です。


タイ在住15年近くとなると、別にタイを観光しようという気もなく、

タイにいてもスタバに籠って仕事をする日も多くあります。


それならタイでも日本でも変わらないじゃないかって自分でも思う。

でも何かが違う。

ここ数日ふと思い返すと、タイのスタバは人が心地良い。

そう思いました。


自分は日本人として生まれ、日本で仕事をしていました。

そして、タイでも生活し、仕事もしていました。


そして再び日本で生活し、仕事をしています。


自分にとって日本は生きにくい国なのかも。

日本に帰ってきてから、そんなことは考えてもなかったんですが、

ここ数日そのような考えが。


ただ、その考えを突き詰めるつもりもなく、

浮かんでも追わず、消えるがままに任せています。


ここ最近は、毎日のようにスタバに行っていて、

心地よいのですが、タイのスタバと比べると何が違うのかなって

今考えてみると、人の真面目さなのかなって気がします。


タイのスタバは店員同士が普通におしゃべりをしていて、

仕事している姿が楽しそうでした。

全体的にかしこまっていなくて、どこか自由な感じ。

あと、俺の顔も覚えてくれて、なんか人として挨拶してくれる。

店員と客ってかしこまっていなくて、人と人って感じ。

それが心地よさに繋がっているのかなって。


日本のスタバは店員と客。

顔を覚えて話しかけている姿も見かけるけど、

接客マニュアルの一部としての姿のような。

やっぱ客と店員という感じ。

人と人という感じではない。


このタイ人の仕事中のおしゃべりを嫌いだ

という日本人にも多く出会いました。

その気持ちはわかります。

ただ、自分には心地よく感じる。


旅行業で仕事をしていたときも

目の前のタイ人スタッフは仕事しながら果物を食べ、おしゃべりをしていました。


仕事は遅い。


が、別に遅くても仕事は回る。


速く回せば売り上げはあがるだろうけど、

別に売り上げはそこそこでも、自分たちの幸せが優先。

人が優先。

生きていることが優先。

仕事は一つの役割であって、人生そのものではない。

生きることを楽しむことを優先。

それが心地よかった。

これが自分がタイに長くいられた理由なのかも。


今の仕事はそこまで嫌いではないけど、

日本人気質、仕事に対しての厳しさが

自分には合っていないのかなって思うことがあります。


もっと多く。もっと多く。

より良くより良く。

より早く、より速く。

倒れるまでそれをやり続けるイメージ。


仕事のミスは良くないけど、

他人のミスを見回って小姑のように取り締まるような人もいるし。


ミスを取り締まることは全体的には良いことだろうけど窮屈。


別にみんながいるときみんなでやればいいじゃん。

そう思うような仕事があっても、

日本人の真面目さか、思いやりなのか、自己犠牲なのか。

みんなじゃなくて、今いる人で早く、速くやろうとする。


仕事が丁寧で速くて細かいことは日本の良さ。

が、自己犠牲に伴うストレスというか、

言葉にはし辛いものがあるけど、生きにくい。


またこれを考えているといろいろ嫌になってくるので

考えないようにしたいなって思います。



自営業をしていたときは、ドライバーが何回同じミスをしたことか。

ため息が出るような同じミスを何回も何回も。

笑えてくるほど。


でも、そこまで怒る気持ちにならない自分がいます。

人を強く責める気持ちにはならないし。


ミスはうまれない仕組みを考えればいい。

ただ、それだけ。

もちろん仕事の存在自体に大ダメージを与えるミスはダメだけど。


そう考えると自分は日本人というよりタイ人気質なのかな。

のんびりしているというか、マイペンライ精神というか。

別にいいよ。死ぬほどでもないし。


なんか、のんびり生きたいな。

タイのバイク屋さん
よくバイクを改造してもらっていたタイのバイク屋さん。人と人でした。


2026年7月16日木曜日

樹木希林さんの名言「明日、地球が滅ぶと分かっていても」から考える今日の生き方

未来が明るく見えないとき、私たちは「頑張っても意味がないのではないか」と考えてしまうことがあります。

そんなとき、心に残ったのが、樹木希林さんの言葉として紹介されている次の名言です。

人間は明日、地球が滅ぶと分かっていても、
今日、リンゴの木を植えなきゃならないの。
そういうものなのよ。

― 樹木希林さんの言葉として紹介されている名言

未来がどうなるか分からなくても、今日やるべきことをやる。

結果がすぐに出なくても、自分が大切だと思うことを続ける。

この言葉には、人が生きていくうえで忘れてはいけない姿勢が込められているように思います。

「リンゴの木を植える」とは、今日を投げ出さないこと

明日、地球が滅ぶと分かっているなら、今日リンゴの木を植えても、その実を食べることはできません。

それでも木を植える。

この「リンゴの木」は、単なる木ではなく、今日の自分がするべき小さな行動を表しているのではないでしょうか。

  • 仕事を一つ終わらせる
  • 家族に優しい言葉をかける
  • 部屋を少し片付ける
  • 本を数ページ読む
  • 明日のために早く眠る

どれも、人生を一瞬で変えるような大きな行動ではありません。

しかし、未来は、こうした「今日の小さな行動」が積み重なってできていくものです。

未来が不安なときほど、今日に戻る

生きていれば、明るい未来を描けない時期もあります。

仕事がうまくいかない。人間関係に悩む。生活が大きく変わる。努力を続けても結果が見えない。

私自身、15年暮らしたバンコクから日本へ本帰国し、生活環境が大きく変わりました。先のことを考え過ぎる日もあります。

けれど、未来を心配し続けても、未来そのものを直接変えることはできません。

変えられるのは、今、この瞬間の行動だけです。

未来が見えないときは、遠くを見過ぎず、今日やるべきことに戻る。

それが、暗い気持ちに飲み込まれないための一つの方法なのだと思います。

ノストラダムスの大予言を信じていた時代

かつて、「1999年に地球が滅びる」というノストラダムスの大予言が話題になりました。

もちろん、予言は外れました。

しかし、もし「どうせ世界は終わる」と信じて、自暴自棄に生きていた人がいたなら、予言が外れた後にも、その間に失った時間や信頼は戻りません。

まだ起きていない未来を恐れるあまり、今日を壊してしまう。

それは、自分の手で暗い未来を近づけることにもなります。

どのような状況でも、今日すべきことを続ける。樹木希林さんの言葉として紹介されているこの名言は、その大切さを教えてくれます。

私が今日植える「リンゴの木」

大きな目標を立てなくてもよいのだと思います。

今日、自分にできることを一つだけ行う。

うまくいかない日でも、完全に投げ出さない。昨日より少しだけ前へ進む。

それが、自分にとっての「リンゴの木を植える」ということなのでしょう。

今日の自分への問い

未来がどうなるかではなく、今日、自分はどんなリンゴの木を植えるだろうか。

まとめ|未来が見えなくても、今日できることはある

未来を完全に予測することはできません。

それでも、今日をどう生きるかは選べます。

先が見えないときほど、自暴自棄にならず、目の前の一日を丁寧に生きる。

明日、世界がどうなるとしても、今日、自分のリンゴの木を植える。

この言葉を忘れずに、生きていきたいと思います。

2026年6月20日土曜日

イチローの言葉『自己肯定感は気持ち悪い』

イチローのインタビュー動画を見見ていたら、
自己肯定感と聞いて、まず、気持ち悪いという感じがすると。

仕事柄、自己肯定感という言葉を当たり前に耳にしていたが、
確かにと納得する部分もある。

自分を肯定する人。
うーん。。。

自分は友達にそのような人は確かにいないな。

自己肯定感をもって幸せに生きる。
そういう人を否定はしないけど、自分はそうじゃなかったな。

イチローと同じように、
肯定はしてても、いつもどこか「?」をもって生きている気がします。

そういう人のほうが
人として厚みがある。

すごく納得。

自分がうっすら思っていたことを言葉で聞き、
どこかスッキリした気がします。

自己肯定感に?をもって生きる。

大切だなーって思います^_^

ペップリー通り


野外映画館「トゥルーマンショー」

 

恵比寿ガーデンプレイス野外映画トゥルーマンショー
恵比寿ガーデンプレイスで野外映画を観ました。

「トゥルーマンショー」


昔観た事があったけど、今観ると感じ方が違いました。


トゥルーマンは世界中の人にドキュメンタリーとして閲覧され、

虚構の現実の中を生き、最後はそれへの気付きと共に抜ける決意をする。


自分の生活は・・・

もちろん現実だけど、虚構だと言われてもわからない。


自分は夜に夢を見ているとき、夢の中を生きているとは思わず生きている。

目覚めたとき、夢だったんだと気づく。


今の人生だって夢のようなものなのかな。

死んだときに夢だったと気づく。

そんなことはあり得ないとは、死んでみないとわからない。


生きているうちは、誰もが虚構の中を自分が主人公だと

思い込んで生きているのかもしれない。


だから何だ?ということではなく、

だから、夢の中のような今の人生を夢だからこそ

生きたいように生きれば良いのかなって思う。


何が虚構で何が現実か。

そんなことはどうでも良く、

ただ、今をどれだけ味わうか。


未来でもなく、過去でもなく、今目の前にある生活を味わう。


その先に何があるか期待せず、

過去あったことに後悔し続けることなく、

今を味わえたら、それでいいのかな。


野外映画を観ながらそんなことを少し考えていました。


トゥルーマンショー。観たことが無い人はぜひ。