嫌いな人がいたとします。
今、目の前にはその嫌いな人がいない。
でも、頭の中で、過去にされた嫌なことを想い出す。
そして、未来にされそうな嫌なことを考える。
そうやって、今、目の前に嫌いな人はいないのに、
ずっと頭の中で時間を使って考える。
命=時間
これは誰もが納得する事実。
ということは、その嫌だと思っている人に
時間を使うということは、
自分の命を使っているということ。
自分の命をその人のために使っている。
命を使うほどの存在=愛にあふれている存在
そうなんじゃないかな。
マザーテレサがいった言葉。
愛の反対は無関心。
愛していなければ、無関心であるはず。
でも、目の前にその人がいないのに
その人のことを考えているのは愛しているから。
ただ、世間一般で言われる愛とは違う。
歪んだ愛。
もっと愛してほしかった。
これから愛してほしい。
そんな心のどこかに隠れた愛が
歪んで現れているような気がします。
断ち切る。
嫌いな人に命を使いたくなければ、
その人が変わらないのであれば、
過去が変わらないのであれば、
もう期待も願望も捨てて、あきらめるのが一番な気がします。
もういいか。
今までいろいろ学ばせてくれてありがとう。
はい、おしまい。
これでいいのかなって思います。



