2026年3月30日月曜日

テキトーに生きる


今日は有給とって、
午前中はスタバで読書。

朝テレビを付けたら
久しぶりにじゅん散歩を観ました。

何年ぶりだろうか。
高田純次さんも若干お年を重ねられた様子でしたが、
さすが!と思う場面が。

中目黒のハンバーガー屋さんで
売れるメニューを考えてという
無茶振りに対して
「一万円挟んで、八千円で売れば絶対売れるんじゃないかな?」
ってww

さすが適当だなー

高田純次さんのように
テキトーに力抜いて、
良い年の重ね方をしたいものです。

2026年3月8日日曜日

石橋を叩いて壊して渡れない

 石橋を叩いて渡る


という言葉があるけど、

叩いても叩いても渡れず、

叩き続けて、結果、自分で橋を壊して渡れなくなる

ということがあるような気がします。

石橋を叩き続けて壊す

叩き続けてしまうマインドが変わらない限り、

どんな橋を渡ろうとしても叩き続けて壊し続け、

探しては壊しを繰り返す生き方になるのかもしれない。


ただ、壊れない橋も世の中にはあるのかも。

だから、その橋を探し続けるのも人生とも言える。


個人的には生きている限り、ずっと不安だと思う。

不安が無い人生。

それはブッダと呼ばれる方々が掴んだ生き方なのかも。


凡人である我々には、そう手が届かない生き方なんじゃないかな

って思います。


悩みながら生きる、不安を抱えて生きることを

受け入れたとき、石橋を叩いて壊すという行為は

止まるような気がします。


そんなことをスタバで考える朝。

2026年3月1日日曜日

笑いとばす

全てのことにシリアスになりすぎず、自分自身を、運命を笑いとばすことができれば、少しは気持ちが楽になるような気がします。

笑い飛ばせるほど、自分の生に執着しない生き方ができればなって思う。

こうでありたい、なければならない。そんな思いは生への執着から生まれている気がするから。

そんなことをスタバでカフェ・モカを飲みつつ考える今日このごろです。

2026年2月15日日曜日

価値観が違うということ

価値観が違う人と一緒にいることは楽しい。

でも、昔から変わらず続く友人は、価値観が違うけど、ここはゆずれないという価値観は一緒とまでは言わないけど似ている。

価値観が違うけど、価値観が違わない。
言葉だと矛盾しているけど、
そういうことだと思う。

関係がずっと続く人は、根本の譲れない価値観をあ・うんの呼吸で共有できていることだと思う。

言わずもがなって感じ。

あえて言語化しなくても、
そうだよねでわかる関係とでも言えるのかな。

飲み会とかで、価値観が違う人は、話していて面白い。

ただ、飲み会で面白いけど、それがずっと続く関係になるかどうかは、やっぱ根本の価値観が似ているか否かだと思う。

根本が違うのにずっと続いてる人って、根本の価値観が合う人が間にいてくれてるから続いてる気がする。
2人っきりじゃ会わないと思う。

それか、年に数回だから違いが許せるというか、直接害は無いから、違いが面白いで続けていられるのかも。

あとついでに思いついたことは
一緒にいてリラックスできることも大切かなということ。

緊張感がある関係は長続きしない気がします。
してもどちらかが無理して成立するって感じなのかな。

緊張は会う回数を重ねたら消えていくものだとは思いますが。

消えないとしたら、何か根本の価値観が違うのに合わせてる、無理のある状態なのかも。

根本の価値観が違っても、
強い目的意識があれば、徐々に擦り合わせていけるものだろうか。

それは自分にはわからないけど、
人間は柔軟だから、きっと可能なんだと思う。そう信じたいという思いがある。

いつも深く考えているわけではないけど、ふと言語化してみたら、ちょっとしっくり来た。

自分はそう考えていたんだなって、少し今わかったような気がする。