毎年1回はタイに帰郷しています。
そして、今年もあと少しで2週間弱の帰郷です。
タイ在住15年近くとなると、別にタイを観光しようという気もなく、
タイにいてもスタバに籠って仕事をする日も多くあります。
それならタイでも日本でも変わらないじゃないか
って自分でも思うけど何かが違う。
ここ数日ふと思い返すと、タイのスタバは『人が心地良い』
って感じているのかな。
自分は日本人として生まれ、日本で仕事をしていました。
そして、異国タイでも生活し、仕事もしていました。
そして再び日本で生活し、仕事をしています。
改めて二つの国を比べると、
自分にとって日本は「生きにくい国なのかも」って考えが...。
何でも手に入るし、役所的な手続きも簡単だし、
サービスの質もすごくいいし、
日本に帰ってきてから、そんなことは考えてもなかったんです。
が、ここ数日さっきみたいな考えが浮かぶように。
ただ、その考えを突き詰めるつもりもなく、
浮かんでも追わず、消えるがままに任せています。
ここ最近は、毎日のようにスタバに行っていて、
日本のスタバも心地よいから通っています。
でも、心地よさの何が違うのかなって考えてみると、
日本の「人の真面目さ、型にはまったような堅さ」なのかなって気がします。
タイのスタバは店員同士が普通におしゃべりをしていて、
仕事している姿が楽しそうでした。
全体的にかしこまっていなくて、どこか自由な感じ。
あと、俺の顔も覚えてくれて、余計な話はあまりしないけど、
なんか人として挨拶してくれる。
日本だと店員と客って感じ。
タイはその垣根を越えてかしこまっていなくて、人と人って感じがします。
それが心地よさに繋がっているのかなって。
日本は客の顔を覚えて話しかけている姿も見かけるけど、
接客マニュアルの一部としての姿のような。
やっぱ客と店員という感じ。
人と人という感じではない。
日本だとデパートでも声色を変えた女性が
「いらっしゃいませー」とか、普段じゃありえないしゃべり方。
接客ロボットって感じの声。
このタイ人の仕事中のおしゃべりを嫌いだ
という日本人にも多く出会いました。
その気持ちはわかります。
ただ、自分には心地よく感じる。
旅行業で仕事をしていたときも
目の前のタイ人スタッフは仕事しながら果物を食べ、おしゃべりをしていました。
仕事は遅い。
が、別に遅くても仕事は回る。
速く回せば売り上げはあがるだろうけど、
別に売り上げはそこそこでも、自分たちの幸せが優先。
人が優先。
生きていることが優先。
仕事は一つの役割であって、人生そのものではない。
生きることを楽しむことを優先。
それが心地よかった。
これが自分がタイに長くいられた理由なのかも。
売り上げ優先、仕事優先の人ならイライラしただろうな。
仕事に対しての厳しさ、極度な真面目さ、
常に急いでいる感じとか、
日本的な働き方が自分には合っていないのかなって思うことがあります。
もっと多く。もっと多く。
より良くより良く。
より早く、より速く。
心が倒れるまでそれをやり続けるイメージ。
そして倒れた人を見下して悪口を言いながら、
また猛烈に走り続ける感じ。
それに、自分が頑張るのは良いけど、
他人のミスを見回って小姑のように取り締まって、
自分の働き方を強要する人もいるし。
窮屈。
みんなでやればいいじゃん。
そう思うような仕事があっても、
日本人の真面目さか、思いやりなのか、自己犠牲なのか。
みんなじゃなくて、今いる人で早く、速くやろうとする。
仕事が丁寧で速くて細かいことは日本の良さ。
が、自己犠牲に伴うストレスというか、
言葉にはし辛いものがあるけど、生きにくい。
またこれを考えているといろいろ嫌になってくるので
考えないようにしたいなって思います。
そうそう。
自営業をしていたときは、ドライバーが何回同じミスをしたことか。
ため息が出るような同じミスを何回も何回も。
笑えてくるほど。
でも、そこまで怒る気持ちにならない自分がいます。
人を強く責める気持ちにはならないし。
言うことは言います。
でも、怒りはしない。
ミスはうまれない仕組みを考えればいい。
ただ、それだけ。
もちろん仕事の存在自体に大ダメージを与えるミスはダメだけど。
そう考えると自分は日本人というよりタイ人気質なのかな。
のんびりしているというか、マイペンライ精神というか。
別にいいよ。死ぬほどでもないし。
なんか、のんびり生きたいな。
よくバイクを改造してもらっていたタイのバイク屋さん。人と人でした。