2020年6月28日日曜日

面白きかな人生


人生を振り返ってみると面白くできているなぁと思います。


あの時、あの出来事がなければ・・・

あの時、あの出来事があったから・・・


そんな偶然なのか必然なのか、
無限の些細な選択の連続、
そこまで多くはないですが、
大きな決断の連続によって今があります。


色々な選択があったけど、
今、素直に思うことは「後悔はない」ということ。


だって仕方がないじゃん。
あの時はそう考えていたんだから。


そんな心境です。


きっとこれからも同じようなことを考えるのでしょう。


2020年。


自分にとっては大きな岐路になる年。


もちろん、これを読んでいる皆さんにとっても大きな岐路かもしれません。


「健康だったらなんとかなるもの」


これはほぼ毎週お会いしている私の尊敬する人生の先輩の言葉です。


親子ほどの年齢が違う大先輩。
今日話していたら、
学部は違いますが「同じ大学」だと今更ながら知りました。


そんなもんなんだな・・・人生って。
めぐり合うんでしょうね。
あの時、あの行動をしていなければ、
出合わなかった人。


それが今や毎週お会いして、
数時間語り合う仲になるとは・・・


もう恐ろしい時間語り合っていますが、
今日お互い初めて知ったことで、
改めて人生って面白いなぁって感じました。


きっとこれからの人生も。きっと。

2020年6月24日水曜日

ちょっとお先に老化してみました。

歳を重ねる。


自分は経験を増やし、思い出を増やすことが歳を重ねることだと思っていて、
見た目が変化することは
ちょっとした付属品のようなイメージをもっています。


だから、歳を重ねた芸能人が整形を繰りかえし、
取り返しのつかない状態になっているのを見ると、
その人にとっては付属品ではなく、
中心部品というか主要部品のようなものなんだろうな・・・
と人の価値観の違いを客観的に眺めていました。


自分というものは見た目ではない。
見た目はごくごく一部の要素。
わんおぶぜむ。

そう考えています。


だから、別に白髪が出来ようが、
しわが増えようが、
そこまでは気にしてはいません。


それに関連して面白いアプリを発見しました。
自分が歳をとった姿を加工して見せてくれるもの。

何かすごく人生の時の流れをワープさせてもらいましたw
頭の中にうっすらと描いていた老後の自分の生活ってものはありますが、
思いっきりリアルに考える材料になりました。


見た目は変わるのは仕方がないこと。
この写真は70歳半ばくらいですかね。



いずれにせよ、30年後には必ずこのような見た目かはわかりませんが、
遠からず見た目は老化するわけです。
100%の確率です。


やっぱり自分はあらがわないで受け入れていこうと思っています。
老化は仕方がないことですし、
それが人間として生きるということですからね。


経験を増やし、思い出を増やし、
それがどこかで誰かの役に立てたら最高だし、
役に立たなくても自己満足で笑顔で人生を終えられるなら
それもまたいいんでしょうかね。


先のことはわかりませんが、
とりあえず、経験を、思い出を今日も刻んでいくだけです。


2020年6月18日木曜日

足るを知る子育て

自分の誕生日のときにもらった
マッサージチケット。

中2の息子が使わないの?
と聞いてきました。

チケットって使うタイミングが難しい。
勉強しているときに邪魔したくないし、
読書しているときにも邪魔したくないので。

こう聞いてもらえるとありがたい。
早速使うことにしました。


中2の息子の足裏マッサージ。


強い!

軽く痛かったですが、
嬉しい痛さです。


男としての成長を感じる指の強さ。

ぐいぐいと足裏に沈む指の圧力。
痛気持ち良いですが、
それよりも何よりも、
胸にぐっとくるものがありました。

成長してくれたな。。。


勉強ができるようになってほしいし、
空手ができるようになってほしい。

色々な思いもありましたが、
そんなことよりも大切なことが
今感じていることだなって
心から思えました。

元気に生きてくれ、
親を大切にし、
家族を大切にし、
友を大切にし、
自分の人生を紆余曲折自分の色に染めながら歩いてくれたら、それでいい。


最初は携帯を軽く見ながらマッサージを受けようと思いましたが、
すぐに携帯は閉じ、ただただ
息子の指の圧力に神経を集中していました。


自分は幸せ者だって思えた夜でした。

2020年6月17日水曜日

感動した・・・書かずにはおられず。

本当に感動しました・・・


最後の方は読む手を止められず、
ラストまで駆け抜けてしまいました。


伏線の回収たるや。
そうだったのか・・・


昔から侍や武士の時代の小説が好きだったので、
今回の影法師も興味しんしんで読み始めました。


もうこれ以上は書けません。


ネタばれは絶対にしたくない良本だから。
少しでも何かかけば感が良い人は気づきますからね。
かけませんよ。
純粋に味わってほしいんで。


性別を問わず誰もが感動できるでしょうけど、
男にとっては必須の本といっても過言ではない。
もちろん、自分の趣味嗜好が入っていますが(^^;


いやぁ、ぐっと来ました。
実はさっき読み終わったんです。
余韻というか、いい本です!と言わないではいられなく
ついつい今書いています。


が、書こうと思ったらネタバレしたら嫌だな・・・
と思って、感動したとしか言えませんが。

超おすすめです。
影法師「百田尚樹」

2020年6月11日木曜日

思考停止にならず規則を守る

先日、テレビを見ていたら、
レストランがソーシャルディスタンスになるように席を設置していました。


席にバツ印を書いて、対角線に座るようにしていたり、ビニールで壁を作ったり、とっても工夫しているなって感じました。


ただ、ちょっとだけおかしいなって感じたのは、家族連れへの対応。


家族連れが席を離れて座る必要ってどこにあるんでしょうか?

レストランに来る道中ですでに密ですし、家に帰っても密。

普段の食事も密。
で、レストランだけ離れて座る必要ってあるんですかね?


家族連れだとわかったら、
ビニールの壁をとってあげたり、
対角線に座らなくてもOKにするなどの
臨機応変な対応ってできないものですかね。

みんな守ってもらっているので、
あなたも守ってください。


それはわかりますが、
「目的」を見失ったルールを守る姿勢は
まるでロボット社会を見ているような感じがしました。


人間だからこそ「融通」を大切にしてほしいなって思います。

2020年6月10日水曜日

清濁併せ持つのが人間



前の記事でも書きました。


別に用語するつもりは全くないんですが、
ふと考えることがあるので書くことに。


人間は清濁併せ持つもの。


ですよね?


私だって欠点たくさん。てんこ盛り盛り。
他人には驚かれることが多いんですが、
基本は短気です。でした。


かなり改善したつもりです。

これについて書くと本筋からそれるんで
深堀りしませんが、
蓋をしただけではありません。
根治するために色々試行錯誤しました。

もちろん、未だ突沸することもたまにありますが、ほぼなくなりました。

蓋をすることを改善だと勘違いすると、
圧力鍋みたいに内圧が高まって、
きっと精神だったり、肉体だったりに
支障をきたすと勝手に想像しています。


こんなことではなくて、
人間は清濁併せ持つってことです。


でも、どうも他人に対しては
清廉潔白を求めすぎるのかな。


他人を見たとき、自分と他人を分け過ぎているからでしょうか。


同じ人間というカテゴリでみたとき、
ある意味で仲間ですよね。


お互い道の途中。
歩いてきた距離は違えど、
人間としての成長でしょうか、
幸福でしょうか、
同じような目的をもって生きている仲間。


本人が気づこうが気づくまいが。


で、他人が自分より随分後ろの方で
過ちを犯したとき、
あ、自分もそんなことってあるよな・・・


理性で我慢しているし、
たまたま環境がうまくいっているだけで、
自分も同じ状況になれば、
同じことをしていたかも・・・


そんな想像をするだけで、
ちょっぴり心穏やかになるような気がします。


なんでもかんでも許して見逃せ!
ってわけではありません。

自分もあるよな、あるかもな・・・

って思いのもとに言葉をかけるなら、
もっともっと建設的というか、
お互い苦しみが少ないアドバイス、
成長へのプロセスを歩める気がするんです。


人間は清濁併せ持つ。
いや、濁の方が多いような^^;


だからこそ、
他人のふり見て我がふり直せ
という心境で、学びあっていけたらなって思います。

アンジャッシュ渡部の不倫報道に思う


アンジャッシュ渡部の不倫報道が流れていました。

なぜか全くの門外漢の尾木ママがコメントしていましたが、
私はこの手の報道があるといつも思うことがあります。


当事者しかわからない。
だからジャッジはできるけど、
そのジャッジは主観の主観。


主観のジャッジで他人に石を投げるのは
よろしくないということです。

もちろん、これも自分の主観ですが^^;


2人の知り合いで詳細を聞くことができるなら
ジャッジのしようもありますが、
第三者、しかも正確性もわからない報道の意見を聞いて
ジャッジし、それを根拠に石を投げるのは安易すぎやしないか?と感じます。


原因がどうだ。
是非はどうだ。
だからあいつは悪い。
可哀相だ。
酷い。


佐々木希さんとアンジャッシュ渡部さんが
結婚生活で何を感じ、何があったのか、
そんなことはわかるはずもない。


もちろん、結婚しているからには不倫はダメ。
当たり前です。
その当たり前なことだから自粛したり
仕事に影響が出てマイナスを被っています。


その不倫はダメだという当たり前のこと以外で
何かしら深堀して石を投げ続ける人は
何の情報を根拠に石を投げるのでしょうか?


もしかしたら、
佐々木さんがご家庭でめちゃくちゃとんでもない可能性だってゼロじゃないですよ。
佐々木さんファンの方が読んでいたら、
本当にごめんなさい。たとえ話です。


あんなキレイなお嫁さんもらっているのに・・・

こんなコメント言っている人には問いたいです。
キレイじゃなければいいんですか?と。


もちろんダメですよね。
あまり考えずに直感で石投げていることが
このようなコメントからは伝わってきます。


安易に誰かを悪者にして石を投げるという行為は、
他のことでも安易に他人を裁く行為につながっていると感じています。


誰が悪い。
石を投げても良い奴だ。


本当にそうですか?


この件だけではなく、
日々SNSを見ていてもジャッジメントのコメントが
飛び交っています。


今もどこかで誰かが裁かれて
石を投げられている。


罪を犯したことがないもの、
これから罪を犯す予定の無いものだかけが
石を投げればいい。


そう思うのです。

自然から学ぶ生き方

2日連続でトンローのドンドンドンキに行きました。


1日目は身内の誕生日プレゼント購入のため。

2日目は暇している娘が
「日本に行きたい」と言うので、
日本っぽいドンキに連れて行きました。


新型コロナの影響で家で過ごすことが多かった数か月。


見慣れた環境の中では自然と刺激が少なくなり、
どこかエネルギーが鬱屈しているような感じがあります。


なので、こうやってぶらぶらとドンキでも散歩がてらに行くのも
悪くはないなと感じました。
家からはバイクで10分弱くらいなんです。


最近ちょっと考えていることは、
幸せを常に求めると執着心を生んでしまうなってこと。


自然を見れば四季があり、雨も嵐も晴天もあります。


そうやって移り変わることが自然なことであり、
ずっと晴れなんてことはありえません。


だけど人間として脳をもって生まれていると、
いつも晴れを目指して行動することが多いのではないでしょうか?


自分はそのような傾向があります。


それは晴れへの執着のようなもので、
晴れではない日をマイナスに捉える考え方で、
必ず不幸の種になる気がしています。


だから、はじめから雨や冬を認めるというか、
うまくいかないことは当たり前といった心境でいたら、
もっと雨の日も、冬の寒さも楽しめる気がしています。


でも雨ばかりでは嫌ですが。


人間の心も生き方も
四季のように、天気のように移り変わることが当然。


そんな自然のような生き方ができたらなって思います。



2020年6月8日月曜日

日本人として憂う



人生折り返しになると、
色々と考えることが変わってくるものだなって実感しています。


学生時代は、ポパイ、ホットドックプレスなどで
自分の外面を磨くことを大切にしていました。


歳を重ねるごとに自分の生き方を模索するようになり、
天職とは何か?ということを追求した時期がありました。
それと同時に住む場所も。
そして内面から内面を磨くことに意識が変わります。


そして今。


自分が重要に感じることは移り変わり、
日本のために何ができるのか?
次世代を生きる子のために何ができるのか?
ということをよく考えるようになりました。


それはタイという海外で客観的に日本を見てきて、
自分が日本人であるということを悪くも良くも
多文化、多人種と接しながら実感してきたからかもしれません。


あまりマイナスなことを言いたくないのですが、
日本の未来に対して不安をおぼえています。


ただ、これだけ「個性重視」「個人優先」の考え方が
当たり前になってくると
日本の未来なんてどうでもよくて、
自分の生活がよければいいじゃんって人も増えている気がします。


自分だけ道のポイ捨てタバコ一本拾ったところで、
道路の吸い殻は消えません。無力感があることは
やらないに限る。

そう考えることに似ているのかもしれません。


でも、日本人として「個人」を優先できる余裕があるのは
日本という国があってからこそです。


世界には「個人」なんて言っていられない酷い状況の国、地域があります。


確かに日本には批判されるべきことがたくさんありますが、
自分の生活を振り返ってみれば、
どれだけ日本に守られているか。

海外に出るとその庇護がかなりなくなります。
だからこそはじめて見えてくるもの、
知識ではなく体験からの気づきがあります。


グローバル化という言葉は響きが良いです。
でも、その言葉の影で日本人としてのアイデンティティを捨ててしまうことが
あってはいけないことだと思います。


でも、実際はどうでしょうか?


自分を愛せない人、自分のアイデンティティが確立されていない人が
他人を愛せるものでしょうか?
他人のアイデンティティを尊重きるのでしょうか?


日本の教育で「我が国と郷土を愛す」を目標に掲げられても、
日本を好きだと思うかのアンケートの数値を見れば
その教育の成果は明らかです。

でも、ずっと変わりません。
何年も議題にあがったままです。


もう変えられないのかもしれません。


教育者は中立でなければいけない。
中立ってなんでしょうか?
本当に考えたことのある先生はどれくらいいるのでしょうか?


右でもない。
左でもない。

中心とは何か。
【日本で生まれた自分】の中心とは何か。

考えてみてほしい問いです。


タイの経済発展を目の当たりにしながら、
私が日本を離れた10年前と日本はそんな変わっていません。
むしろ悪くなっている気がしています。


それでもどこか日本に全体的に漂う空気感が
「別に自分とは関係ない」
「日本は大丈夫」という感じです。

確かに関係ないですし、
個人が騒いでもどうにもならない問題かもしれません。


でも、自分は人生を折り返してみて、
自分の生き方を考えたとき、
次の世代に生きる子たちのために何ができるのか
を考えるようになった。
ただそれだけです。


他人に強要するつもりはありませんし、
考えていない人を否定するつもりもありません。
ただ、考えを述べたいだけです。


北海道の面積の中の約静岡県くらいの面積が
某国の人に買われているという事実を知っている方は
どれだけいるのでしょうか。
※静岡じゃなかったかもしれませんが、
広さが問題なわけではありませんので、
詳細はご自身で検索してください。

日本の土地が日本人のものでなくなっていることが
本当に起きている事実です。


そんなことあるわけないでしょ?
と思う人も多いみたいですが、
過疎化している自治体にとっては、
ありがたいことで未来のことより今の金欠。
事実です。


食糧自給率が100%を下回っている日本にとって、
農業の中心地の土地が減っているという事実が何を意味するか。
もし、他国との摩擦で万が一輸入関係が崩れたら自滅します。
世界的な飢饉が起き、食料の輸入がストップすれば自滅します。

このことに問題提起をすれば、国粋主義者と思われかねません。


他にもあげればきりがないです。
ちょっと調べればおかしな事は
たくさんあります。


テレビの報道では教えてもらえません。
情報は受け身では手に入らないものがあります。


日本が平和なのはアメリカのおかげです。
それは日本の近海を見ていたらわかることです。


アメリカの傘がない国の他国の近海がどうなってしまったか。
書いたら検索ワードで何か自分に不都合が起きそうで書けないくらいにまで
なってしまっていることもあります。
弾圧され続けるチで始まるあの仏教の国の現状も同じです。


それを知らない人は多いですし、
そんな話をしたら「右」というレッテルを貼られ、
まるで危険な思想をもっているかのような目で見られる風潮もあります。


でも、アメリカの傘がなくなれば、
日本はどうなるのか明らかです。
過去の歴史も証明しています。


だから憲法改正も視野に入れる必要はあるのに
政治は森かけ、桜、マスク批判・・・
国の存亡を左右する重要な話までたどりつけません。


でも、このままいけば〇〇諸島も実効支配されることなんて
明らかだし「その次」が起きることも明らかです。
沖縄から基地を撤退した先、本当に大丈夫でしょうか。


が、見ようとしないというか、
想像すらしない人は多いです。
安全な今が当たり前だからです。


今吸っている空気はあって当たり前。
わざわざ考える人はいません。


で、今こんなことを初めて語りましたが、
すると「右寄り」だとレッテルを貼られ、
煙たがれる風潮が出来上がっています。


下手すれば就職時期の人なら
就職試験でマイナスポイントになりかねません。
こいつは協調性が欠けそうだな・・・
なんか強い思想をもっていて危険そうだな・・・
など。


先日はマスクに日の丸がちょろっと入っていただけで
政府との関係があるのかと企業が叩かれ、
マスク生産停止になったとの報道を見かけました。


日本国旗は日本人の国旗です。
マスクにつけただけで叩かれるって・・・
国旗を見ただけで
街宣車や、暴走族のイメージが先行してしまう。
そんなご時世なのかもしれません。


日本で一番掲揚されている国旗はフランス国旗だとか。
フランス料理店の(^^;


タイはタイ国旗が掲揚されているなんて当たり前の光景です。

が、日本でマンションのベランダに日本国旗でも出そうものなら、
あの家大丈夫かしら?って白い目で見られかねないです。


トランプが叩かれてしまうのは彼の言動にも理由はあります。
でも、トランプが失脚すれば徳をする国がありるのも事実。

今の暴動の裏に起こっていることも少し調べたら見えてきます。
でも、そんなことを言えば陰謀論者というレッテル。
考えようとも言いづらい風潮。


だから、自分の日常の写真をアップして語るだけの方が安全です。


でも、こうやって書かなければならない時期に来ている
ということだけはちょろっとでも知っておいてもらいたいので
今回が最初で最後で書きました。


自分も危険思想をもっている
とレッテル貼られても徳はないので・・・


もう海外から見守るだけしかないのかという
寂しい思いを抱きつつ書いています。


でも、自分が何ができるのか、したいのか。
日々の生活の中にできる隙間時間を使ってでも
それを考えていきたいと思っています。


一度しかない人生なので。


追伸
かといっていつもこのようなことを
考えているわけではないですよ(^^;

(と右寄りだとレッテル貼られないための
 防御の追伸をしなければならないのが今の時代、
 これ消そうかな・・・とすら思えるのが
 今の時代を表している気がしています。)

2020年6月3日水曜日

息子が空手を辞めた日

長年通っていた息子の習い事である空手。
小学生低学年から続けてきた
思い出深い習い事ですがやめることに。


場所が移動しての送迎的なことが大きいです。

息子のモチベーション的なことも大きい。
特に最近は「総合格闘技」「柔術」を習いたいと。

自分も高校生のころ、伝統空手に疑問を覚え、
サンドバックを購入して公園で蹴りまくって、
友達と直接打撃のスパーをしていた時期がありました。
自分の血を受け継いでいるんだなぁって感じます。


これも理由としては大きい。
中2となり、進学のことを真剣に考え始める時期であること。


色々な理由が複合的に合わさって
やめることを決めました。


思い出がたくさんつまっている習い事です。
師範が死去された後も保護者の方が頑張って運営されていました。


自分は自営で正直、中途半端に介入すると、
急に手を引かなければならない時期もあるかもしれないので、
はじめから運営などには介入しませんでした。


それなので、頑張られている方々には頭が下がる思いがあります。


しかしながら、
ちょっぴり残念なことも。


頑張られている中心のお世話の方にどうも
このブログの内容を自分流にちょっぴり味付けし、
【曲解】して伝えた人がいたようです。


集団になるとその様な人は
必ず1人くらいはいるものなので
仕方がないなとも思います。


伝えた人の意図は知りません。
知っても仕方がないこと。

ただ、そのような人がいるようで
相互の理解にちょっぴり誤解が生じてしまいました。


別にほかの方なら誤解が生じても構いません。
深い関係もありませんし。

しかし、お世話の方は
道場のことを真剣に考えられていた姿勢が伝わってきたので
私は好感をもっていました。
なので誤解を解くべく少々対話をしました。

思っていた通りの方で、
しっかり本意をわかっていただけたのでスッキリ。


お節介でゴシップ好きな方のおかげ様とでもいいましょうか。
そんな人なのかも知りません。
勝手にこっちで想像しています。

今は想像していません。
終わったことです。


とにかく、
ちょっぴり面倒なお土産をもらった気分です。
お土産はすぐ捨てましたが。



小学校のころ。


小さなトラブルの火種を見つけると、
すぐに当事者に言いつけ、
わざと大きな炎🔥にしようとけしかけ、
それを楽しんでいるような子がいました。


「〇〇ちゃんがこんなこと言ってたみたいだよ・・・」


大人になっても似たような性根の人もいます。
そのような人とはできれば関わりたくないです。


もしかしたらこの文章を読み、
次なる火種を見つけたと心ざわつかせ、
早速関係者に「これ見てっ!」
と伝えているかもしれません。

当事者間で誤解は解けた
と書いているにも関わらず。

どうぞご自由にという思いです。
そうなると若干予想して書いています。


その人の人生の刺激となり、
少しでも充実するのであれば
こうやって書いた意義もあるというもの。


伝えられた方も「また来たか」
と内心うんざりしつつ、
苦笑いで話を合わせていることでしょう。

※この件についての質問に関しては答えるつもりはありません。
 もう終わったことです。

お世話になった中心の方は
責任感が強い方なので、
これからも色々思い悩むことがあるかと思います。


自分で解決できる問題、できない問題を判断しつつ、
できる限り肩の荷を軽くする方法を考えてほしいと思っています。
ご自身の健康のためにも。


道場が繁栄することを陰ながら願っています。


そして今は亡き師範。
ありがとうございました。

また息子は空手を再開するかもしれません。
タイか日本かはわかりませんが、
その時は見守っていただけたらと思います。

2020年6月2日火曜日

タイで生きる人生と出逢いに感謝

自分がまだ20代の頃。
タイに渡って初めて働いた会社の同僚と
久しぶりに再会しました。


同僚は今もそのときの会社で働かれていて、
あまり変わらぬ姿を見て、
懐かしい香り、思い出が蘇ってきました。


自分も見た目はそんなに変わっていない(お世辞かな?)
と言ってもらって嬉しい限り。



ただ、チャラさが無くなったところが変わったとか。

チャラさか・・・

20代は色々ありましたからね。
若気の至りというか。

でも、我武者羅に生きていたことは強烈に覚えています。


何くそ!!


タイに渡ってきて、現地採用として
初めて働いた会社は18000Bでした。


尊敬できる上司の生き様を真似したり、
コンドミニアムを眺めて歯を食いしばったり。


そして転職してからも15分で昼飯を終わらせて
タイ語の勉強をしたりと我武者羅でした。


今振り返ると導かれたような人生だなと感じています。


偶然でしょうし、
自分で切り開いたという思いもありますが、
必然だったような。


彼と別れてからの自分の人生は、
本当に目まぐるしく変わり続け、
偶然の出逢い、タイミングに生かされ、
奇跡的に今に至っている気がしています。


自然と感謝の念が湧いてきます。


自分の人生。並走してくれている妻。
信じてくれている息子と娘。
育ててくれた両親。
関わってくれた皆さん。


ありがたいです。
今はそんな気持ちが湧いてきています。

有り難い。