2017年5月31日水曜日

何かと比べるのはやめて、今目の前のことを全力で!

何かと比較しながら生きて
どうも心を苦しくしている人が多いようです。



自分たちが子どもの頃と
今の子どもたちとを比べてみると、
同じ値段でも手に入れられるゲーム機のスペックは
圧倒的に今の子の方がすごい。


好きな子に電話するとき、
相手の親が出ないか
ドキドキしていたものだけど、
今の子は携帯があり、ラインを自由に使える。


細かいところを比較していくと
やはり技術は進歩しているから
どちらの方が環境が良いか?
となると昔の方が不利だろう。


でも、幸せは比較できるか?
というと、そう簡単なことではない。


あの頃はあの頃で
とっても楽しかった。
今のゲーム機を使っていたら
もっと楽しかったかもしれない。

でも、そんなことはわからない。


あの頃はあの単調な電子音が良かったし、
みんなでテレビゲームを囲んで、
早く自分の番が来ないかな?
とドキドキ待っていた経験も良い思い出だ。


好きな子に電話するとき、
携帯にできたらさぞ楽だっただろう。

でも、そのお陰で
お父さんが出てきて、
心臓びくーんってなって、
クラスのイベントのことで相談したいことがあるんですが・・・
と下手な嘘をついた思い出は
一生消えずに良い思い出として残っている。


単純に物事を比べて
こっちが幸せ、あっちが幸せとは言えないもの。


人と比べてばかりいないで、
今、自分の目の前にある環境の中で
自分がしたいことを
一生懸命に頑張っていたら、
それが幸せなんだと思うのです。


2017年5月30日火曜日

快楽と満足は違うということ/映画ザ・ビーチを観て思う。

懐かしい映画「ザ・ビーチ」を見た。
レオナルド・ディカプリオ主演で、
タイが舞台となったちょっと昔有名だった映画です。



改めて見て、「快楽」と「満足」は違うんだな
という意識がはっきりとした。


映画の登場人物たちは
地上の楽園ビーチを追い求めて、
ついにたどり着き、
そこで快楽におぼれた生活をする。


でも、その快楽も長くは続かず破滅へ向かう。


これは自分たちの生活にも
当てはまるような気がしています。


快楽とは、安易に手に入る楽しいもの。


ゲーム、テレビ、ネット、ショッピング、グルメ・・・


これらの快楽を求めて生きていても
その時は楽しいんだろうけど、
本当の満足感を得ることが難しい。


快楽の追求には終わりはなく、
しかも刺激の欲求は増すものだから。


別に快楽を否定しているわけではなくて、
そればかりになってしまうと違う気がするんです。


満足感を覚えることは
自分の能力を使って、
誰か他人を笑顔にできたときなんじゃないかな、
直接は笑顔が見られなくても
何かしらの影響を与えて、感謝されたときだと
自分は思うんです。


ボクシングのミドル級金メダリスト
村田選手も情熱大陸の中で
「勝てるか勝てないかわからない相手だからこそ楽しめた」
と疑惑の判定の試合を振り返って述べていました。


自分の能力のギリギリを使って
何かに挑戦しているとき、
人は満足感を覚える。


自分も日々快楽におぼれることなく、
自分の能力ギリギリを使って、
何かしら社会や他人に喜んでもらえるような
満足感あふれる仕事をしていきたいなと思う。

2017年5月28日日曜日

仕事時間を減らすことなく、時給を最大限に増やす考え方。


収入÷仕事時間=時給


当たり前な式です。


仕事時間が長くなればなるほど
1時間あたりの給与は少なくなります。


仕事時間が短くなればなるほど、
時給はアップしていきます。


仕事時間が短くなることは
仕事の時給で考えると
とても良いことです。


でも、好きなことを仕事にできた場合、
この仕事時間を減らすという考えから
脱却できます。


むしろ、好きなことをしているので
仕事をしているという実感が無くなってきます。


例えば、
私は教育関連の本を読んでいるときは、
仕事をしている感覚はなく、
趣味に限りなく近いです。


喫茶店に行って、教育関連の本を読んでいるときは、
はたから見たら、仕事をしているようには見えないでしょう。


好きなことを仕事にできれば、
仕事時間が実質0時間に近づくようになります。


1より小さい数でわり算をすると、
収入より増えていくという現象が起きます。


例えば
10÷0.5=20
と10を越えてしまうように。


さらに仕事時間が0に近づくと、
どんどん時給はアップしていき、
最後には

収入÷0=∞
測定不可能。。。

お金を越えた幸せを手に入れることが
できる状態になる。


なんてことはないでしょうが、
実感としては、そんな感覚をもっています。


今はまだ仕事だという感覚はありますが、
仕事の仕方によっては、
仕事だという感覚を0に近づけることは
不可能ではないはずです。


そこを目指して頑張りたいと思います!

幸せになる秘訣は、
好きなことをやるのではなく、
やることを好きになることだ。

J.M.バリー(スコットランドの小説家)

一度しかない短い人生を自分は何のために生きるのか。



人生も折り返し地点40年を過ぎると、
あまりにも長いようで短いという
当たり前のことを実感している。


人生はとらえようによっては長くもなる。


例えば、絶望の中で暮らし、
早く死にたいな・・・なんて考えている人にとっては
人生とは長すぎるのかもしれない。


でも、普通の生活を送っている人にとっては、
ときどき自分が歩んだ道のりをふりかえって
思っていた以上に人生は短いということに気づく。


自分は折り返し地点を過ぎて、
短いなって思うし、
1回しかない人生はすごく大切なものだと
実感している。


短い人生だけど、
やりたくないことをして、
やりたいことができていない人は
本当に多いのではないだろうか。


やりたくないことをしている間に
人生なんてあっという間に終わってしまう。


自分がやりたいことを考えていない人も多い。
そんな面倒なことを考えていなくても
ベルトコンベアのように日々は流れているから。


思考しなくて良いように
社会はいろいろな物を用意してくれている。


携帯のボタンを押せば、
フェイスブックから情報が流れ、
ゲームアプリを起動させれば
暇な時間が無くなる。


テレビをつければ、
見たくもない番組を
とりあえず面白そうだから見ているうちに
時間は過ぎる。


そうやって、心からやりたい
と思えること以外の時間を過ごしているうちに
人生とはアッと言う間に終わってしまうのだろう。


だからこそ、人生の折り返し地点に立ち、
改めて思うのが、
自分は何のために生まれてきたのか?
という問いに能動的に向き合う必要があるということ。


受動的に何のために生まれてきた?
ではなくて
自分は人生において何ができるのか?
その問いから
何のために生まれてきたか?
の答えを模索していくことが大切だと思う。


もちろん、私個人は
教育の道でその問いに向き合う必要ある。


今更教育の道以外で何か?
というものが見つかるような気がしていない。


教育は天職だと思っている。
が、この場所に留まっているつもりもない。


もっと教育について能動的に向き合う必要がある。


みなさんもそれぞれの人生において
何かしらの問いがあるのでしょう。


1度きりしかない人生で
自分は何を成し遂げることができるのか。


命を何に使うとき、
心から生きていると思えるのか。


本当にやりたいことって何だろう。


そんなことを
流れる日々の中、ふと立ち止まって
考えることも大切だということを
40歳を迎えて思うのです。


2017年5月27日土曜日

フェイスブックの友達を断斜離で減らす基準「途中経過」

フェイスブックの友達の断斜離をすると宣言してから
2週間あまり経ちました。


一時は400人を越えていたのですが、
335人まで減らしてみました。


とりあえず、
フェイスブックの友達を減らすときの基準は
次の2つを満たしたときです。


1)顔を思い出せない。

2)ここ1か月の自分の投稿に
  何もリアクションがない。


これは特に何も迷わずに削除することができました。


次に迷ったのが、
1)顔は知っている。
2)実際に交流が過去にあった。
3)ここ1か月の自分の投稿に
  何もリアクションがない。

この3つに当てはまっている人も多くいたんですが、
それは顔見知りなだけであって、
友達とは呼べないのかなと考えて削除しました。


フェイスブックの友達が
かなりスッキリしてきました。


まだ、保留中にして迷っていることもあります。


あと1か月以内には
さらに絞り込むことができると思っています。


2017年5月25日木曜日

運動せずに中年太りを予防、解消する方法

40歳を迎えて
自分を観察してみて思うことは
大学のときから体型が変わっていないということ。

体重も不変。


私ってすごいでしょ?
なんて自慢したくてこれを書いているわけではなくて、
あることに気づいて、それがみなさんの役に立つかな?
と思ったんで書いています^_^;


特別に運動をしているかと言えば、
そこまでやっていない。


ゴルフもしていないし、
マラソンもしていない。


あえてしていることと言えば、
気が向いたときに
ちょろっと筋トレをしているくらい。
筋トレと言っても腕立て10回レベル。


でも、腹も出ていないし、まだ割れたまま。


よく知人から
全く変わらないねと言われるけど
自慢ではなくて確かに変わっていないと思う。


花の慶次という漫画で前田慶次が
「虎が鍛錬などするか?
 虎は生まれつき虎なんだ。」
というセリフがあったような。


自分も生まれつき太らない体質なのか?
と結論づける前に
自分を観察していてちょっとわかったことがある。


今の体型をキープしているイメージが
頭の中にこびりついているということ。

太らないと信じ込んでいるということ。

このイメージがあることで
日常生活で何が変わるのか?


実は今こうやってパソコンを打ちながら座っているとき、
自分の体を観察してみると、
微妙に腹筋に力が入っていることに気づくんです。


力を完全に抜くとお腹が多少は出る。

でも、その状態を頭の中のどこかで良しとしていなくて、
無意識にお腹に力が入っていて、
勝手に腹筋をまっすぐにしようとしているわけです。

背もたれにだらーっとよっかかることもなく
背筋を伸ばして、若干お腹に力が入っている状態を
無意識にしているんです。


このことに気づいたのは
だいぶ前です。


毎日特別に腹筋をしていなくても、
日常生活がすでに腹筋をしているようなものだということが
お腹が出ない理由なんだなと思うのです。
それ以外には前田慶次の虎の話しか考えられません^_^;


だから自然とカロリーを消費していて
腹筋も衰えることなく、
体重も体型も変わらないんだと思います。


自分は無意識でやっていることですが、
これが無意識になるためには
さきほど書いたイメージが大切なんだと思います。


自分が今の体型をキープし続けるという
根拠のない確信。
強いイメージ。

これがあると体が勝手に反応してしまいます。
このイメージがあると中年太りとは無縁になれる。


すでに中年太りになってしまった人は、
さすがに意識的な運動によって
体重を落として、まずは学生の頃の
体型に戻すところからスタートしなければならないんだと思います。


もしくは、私はブルース・リーが好きなんで
よく画像を見ていましたが、
中年太りしてしまった人も
何か目標となる画像を意識的に見て、
その姿を強烈にインプットすることも大切だと思います。


その姿に近づく自分。
その姿でいる自分。

そこを強烈にイメージできたら、
さきほど言ったように
自然とお腹に、全身に力が入り、
緩みきってしまうことがなくなると思います。


私が考える中年太りを解消する方法です。


参考になればと思い、
書いてみました。
ぜひぜひ、意識して生活してみてください。


昨日の記事
人生とは死ぬまでにどれだけ充実感を味わえるか。


人生とは死ぬまでに充実感をどれだけ味わえるか

人生は人によっていろいろな意味があって、
これ!というものを1つ決めるのは難しい。


個人的に考えているのは
「充実感を手に入れたい」のかなってこと。


家族であれ、仕事であれ、個人的なことであれ、
充実感を手に入れられるなら
それは成功と呼べそうだ。


あぁ生きているなという実感、
心から満ち足りた気持ちが充実感。


金銭面だって大切だけど、
その手に入れる前提に充実感がないといけない。


充実感が無いのに
金銭を手に入れても
時間を切り売りしているようで悲しい。


死ぬとき、お金はお墓に持っていけない。
そういう有名な言葉があるけど、
まさにそう。


テレビを見たり、ゲームをしたり、
買い物したり、
それは充実感と似ていても違う。


時間を埋めているだけ。


充実感とはもっともっと
心の奥底の自分の価値観のようなものと
沿っていなければ沸いてこない。


自分が今暮らす場所がタイである
というのもある種、充実感が根本にある。


仕事として教師を選んだのも、
人を教えることに充実感を味わうことができる
価値観が自分の中にあるから。



人生は充実感を死ぬまで
どれだけ味わうことができるのか。


最近はそう思うことが多い。
今のところ。

2017年5月24日水曜日

メガバンナでフットマッサージ器を購入し、VRを初体験した話

フットマッサージ器

メガバンナというショッピングモールで
ついに念願のフットマッサージ器を買いました。


プロフェッショナル仕事の流儀に出演していた
イチロー選手が遠征先までフットマッサージ器を持っていく。


まさに、同じプロフェッショナルとしては
欠かせないアイテム。

・・・。


ま、まぁ同じかどうかは別として、
プロ意識をもって仕事しているという点では
一応共通点はあるということで^_^;


数年前から迷っていたんです。
見かけるたびに、買おうかな。。。
いや、もったいないかな。無駄かな。と。


が、今回は今までの中で
一番金額が低かったので、購入を決意。



疲れは毎日毎日酷使している足から来る
ということで、
これからは1日の終わりに足をもみほぐそうと思います。


さて、
先日テレビでVRを体験している芸能人を見た。


ちょっと大げさだろうと思っていたところ、
ショッピングセンター内にVRを100Bで体験できる
スペースがあった。


息子がやってみたいというので、
ビギナー、ミドル、エクスパートとあったので、
ビギナーの中の1つを選んでやりました。
VR初体験
写真からわかるように、
相当ビビッていました。



その姿を見て、
エキスパートをやろうと思っていた自分も
ちょっとだけ弱気になり、
ミドルクラスに挑戦。


感想は一言。
「やばい」です。


自分はジェットコースターのVRを体験したんですが、
相当に、相当に怖かったですw
心からミドルレベルにして良かったと思いました。


お城の周りにレールがあって、
どんどんどんどん高いところに登っていくんですが、
その時点で、もうやばい!無理。それ以上登るな!
という思いが自然と出てきてしまいます。


嘘ではなくて、
本当にリアルでこの高さは無理だって思ってしまうんです。
VRの機器をとれば、
目の前はショッピングセンターだとわかっていても。。。


完全に脳が混乱してしまって、
恐怖を感じてしまうんです。


垂直落下する場面なんて、
もうぞわっとして、足がふらっとしてしまうんです。


これはやばい技術ですね。

VRの世界で人間が生活できるなんて
まだまだ先のことだろうなって思っていましたが、
実際に体験してみたら、
これはリアルとの境界線が無くなってしまうんだろうって
容易に理解できました。


いやぁ、ぜひみなさんもVRを見かけたら
体験してみてください!


今考えている予想の3倍はすごいですから。

ただ、買おうとは全く思いませんね。
あれは長時間やっていたら酔いそうですし、
なんか現実と脳が混乱して、
頭に悪そうです。


ましてや子どもに与えてはいけないレベルだと思いました。


夜ごはんはメガバンナというショッピングモールの
フードコートにて、
パッタイと牡蠣をまぜた最強コンビ。
食べる前から旨いことがわかりきっているひと品。

食べた感想。
そりゃうまいでしょ。


家に帰り、疲れた足をさっそくマッサージ。


癒されます・・・

夜の楽しみが増えました。

2017年5月23日火曜日

バンコク日本人学校5年部「チャアム臨海学校」/旧フアヒン臨海学校

イッサラ

バンコク日本人学校の5年の担任を3回やり、
学年通信「イッサラ」を学年で輪番制でつくり、
保護者に配布していた。


そんな思い出深い「イッサラ」を
保護者の立場として読む日が来たことに
時間の流れを強く感じざるを得ない。


懐かしい思いで、
「イッサラ」を飛ばし読みする^_^;


学年にいた頃は、
鬼の首をとったかの如く、
読点、コンマ,だのにこだわっていた人もいたけど、
親になって再確認したことは、
そんなことは1mmも気にしておらず、
どうだって良いということ。
(当時もどうでも良いと思っていた。。。)


大切なのは内容。
しかも、さっと大意を読み取れること。


時候の挨拶的なものがあると
まどろっこしくなり、
けっこう飛ばして読みたくなる欲求に
拍車がかかります。


そんなことはどうでも良くて、
「イッサラ」という言葉を聞くと、
五年部の戦友たちを思い出します。


とにかく一致団結した学年だった五年部。
それは行事が多く、共に乗り越える山がたくさんあったから。
しかも主任たちが仕事を任せてくれ、
しかも責任はしっかり負うし、
学年もカバーし合うという意思であふれていた
やりがいある学年・・・


「イッサラ」からは
そんな思い出がにじみ出てくるんです(;へ:)なつかしい。。。



フアヒン臨海学校にももちろん3回行った。

実地踏査も含めれば合計6回。


でも、今はチャアム臨海学校と名称と場所が変わっている。


前日の夜、息子としおりを見ながら、
1日を一緒にシュミレーションしながら
荷物を準備した。


思い出されるのが、フアヒン臨海学校初日の
5月12日のバスの中。


その日が私の誕生日だったので、
児童たちが行きのバスの中で
サプライズの寄せ書きをプレゼントしてくれ、
さらに替え歌で誕生日を祝ってくれたこと。


子どもたちの輪の中に入り、
肩を組んで歌ったキャンプファイヤ。

夜にみんなにしてあげた怖い話。

次々と芋づる式に記憶がよみがえる。

4月下旬に新しく5年生と出会い、
何とか5月の臨海までに
クラスを作らなければと焦って頑張っていただけに、
このサプライズは相当に嬉しかったことを
今でも鮮明に思い出す。。。


明日、息子は5年生の臨海学校へ出発する。
バンコク日本人学校

楽しんできてほしい。

関連記事

2017年5月22日月曜日

シーコンスクエアのヨーヨーランドでグッピーすくいと丸亀製麺

シーコンスクエア

土曜は母親不在だったため、
息子と娘を連れてシーコンスクエアのヨーヨーランドへ。

丸亀製麺
この丸亀製麺といううどん屋さん。

丸亀製麺
確か150B程度だったかな。


見た目がすでにうまそうなんですが、
一口食べて、思わず「うまっ!」
と言葉がもれてしまいました。

これはタイ生活が長いからかな?
日本で暮らしている人は驚かないかもしれません。

が、自分にとっては
ホリエモンのように
「想定の範囲内です。」
なんて冷静に言えないくらい旨くて
思わず笑ってしまいました。

息子、娘にもかなり好評。


丸亀製麺を見かけたらぜひ行ってみてください。


ヨーヨーランドで息子が夢中になっているのが
グッピーすくい。
タイでグッピーすくい
 もう職人の域に達しているのか、
20Bで10匹以上捕まえるすご技。
軽く人だかりができるレベル。

タイでグッピーすくい
なんか気が付けば、
こんなに大量に・・・
どうすんだか。

とりあえず、家の水槽は
魚密度が高く、もう限界です。


お菓子屋さんで
こんなものを発見。
火垂るの墓のサクマ式ドロップス

火垂るの墓を見て感動した親子は当然購入。


息子が娘にドロップをあげている姿を見て、
火垂るの墓を重ね合わせてしまいます。


兄妹愛・・・

せつこ・・・。
なんて切ない場面が思い出されます。


バイクで家からシーコンスクエアまでは
だいたい20分ちょい。

行きは暑くて到着したらぐったりしていましたが、
帰りは涼しく快適でした。


そんなシーコンスクエアでの一日でした。
どーでもよい日記も時には。

2017年5月18日木曜日

知らないと損!トイレの便座の蓋を閉める意味

トイレの便座の蓋

みなさんはトイレの便座の蓋っていつもどうしていますか?


蓋がついているんだから、
閉めた方が良いんでしょうが、
最近聞いた話だと
トイレの蓋は健康上、閉めた方が良いということです。


私は個人的に日中は蓋を閉めず、
夜は閉めるようにしていました。

理由は音。


でも、次の理由を知って、
これからは閉めて流そうと思います。


その理由とは、
トイレの水を流すとき、
実は尿などの雑菌を含んだ水しぶきが、
2m近くも飛散しているらしいんです・・・


アンモニアやら、
他の雑菌を含んだ水が
2m近く飛散されていると思うと
さすがに蓋閉めて流そうって気になりますよね。


しかも、小さなお子さまがいるご家庭は
私たちよりお子様の視線は低いですよね。



子どもは大人より雑菌の被害を受ける可能性は高いです。


最近は何でも除菌除菌と雑菌関係に
敏感になり過ぎな社会です。


あまり神経質になり過ぎない方が良いでしょうが、
こと便座の蓋を閉めて流すということは
簡単にできて、しかも確かに根拠がしっかりしていることなので
みなさんにお伝えしておこうと思いました。


では、トイレ行ってきます。


関連する記事
覚えておきたい雑菌豆知識

2017年5月17日水曜日

誰か自分以外の人のために生きることが幸せにつながる


今日は自分のことではなく、
親の薬をもらうために病院へ。


朝から昼近くまでかかってしまって、
はじめはちょっとイライラする時間もあったけど、
途中でふと考えが変わる瞬間があった。


イライラしているのは
自分が無駄な時間を過ごしていると
感じたから。


でも、よくよく考えてみると、
薬をもらうことは親にとって必要なこと。


確かに待たされたことにはイライラしたけど、
自分が誰かの役に立つというのは
生きる中でとても大切なこと


それこそ生きる意味なんじゃないか。
そう思うと腑に落ちた。


別に自分が楽しいゲームをしたり、
テレビを見たりなんて、
どうでも良いと言えばどうでも良いこと。


そんなことより、
自分が存在していることが
誰かの役に立つことの方が
よっぽど人生の中では有意義だし、
自分も気持ちが温かくなること。


そう考えると待ち時間も無駄じゃないなと
感じることができた。


自分以外の人のために生きる。


人生の後半を迎えて、
そんな生き方がいいなって腑に落ちた瞬間でした。

幕末の志士の生き方に刺激をもらう

高杉晋作

高杉晋作が主人公の「世に凄む日日」を再読完了。


再読ってとっても大切です。

昔の自分は理解が浅かった。
歳を重ねた自分だからこそ、
そう感じることがあるんですよね。


その発見が再読の素晴らしさ。


幕末に生きる人たちの小説は
自分に「今の生き方で本当に良いのか?」
と問いを生んでくれます。


短い生涯でも密度が濃い生き方をしている彼ら。
その人生をたどっていくと、
人生は長さではなく、
濃さだということがわかります。


高杉晋作は男としてとても憧れる生き方。


「生きている」


自分は
「生かされている」ではなく、
「生きている」ということにこだわりたい。


誰からか言われたことを
こなすのではなく、
自らやるべきこと、
命を何に使うべきかを考えて行動する。


ただ、漠然と時が流れ寿命が尽きるのを待つのではなく、
しっかりと時の流れの中で
自分で進むべき方向を決めて、
目的に向けて航海をしていく。


世に凄む日日の高杉晋作を通して、
自分の生き方を再確認できました。


新撰組だったり、
坂本龍馬、吉田松陰、高杉晋作・・・
幕末の志士の小説は
自分の心に強い刺激を与えてくれます。


だからこそ、手元に捨てずに置いておき、
また数年後に読み返そうと思うのです。
きっと読むたびに新たな刺激をくれることでしょう。


本棚にある背表紙を見るだけでも
ちょっと心に刺激をプレゼントしてくれる。
本って本当に素敵なものですね。本だけに・・・

2017年5月16日火曜日

バンコクの洪水を見ながら、常識にとらわれない生き方を考える。

バンコクの洪水

雨季のバンコクでは
スコールが降れば、
すぐにこんな洪水の光景が見られます。


車はマフラーギリギリ。
時折、水が入って止まってしまっている車も。


長年タイに住んでいると、
こんな風景は当たり前になってきますが、
日本だったら軽くニュースになっていますよね。


場所が変われば
常識も変わる。


タイで常識とされている
雨季の洪水も日本では非常識。


世の中の常識、非常識は
こうやって、時と場所によって
変化しているのが当たり前。


でも、それに振り回されて苦しんでいる人が
多くいますよね。


自分が思い出すのが転職。


海外なら転職して自分のステータスをあげるのが
常識であっても、
日本では転職は癖になるというマイナスのイメージがあります。


そのために転職すればいいのに、
ブラック企業で精神を壊す人まで出てくる。


実際、日本では転職すると
給与が上がりづらいシステムもあるんだろうけど、
精神を壊すまで耐える必要は全くないですよね。


本当は足に鎖なんてついていないのに
勝手についていると思い込んでいる人が山ほどいる。


もしかしたら、
それは長年自分たちが受けていた教育のせい
なのかもしれません。


こうであれ。
みんなと同じであれ。
和を乱すな。
KYになるな。


そうやって、
常識のようなものに
受け身で従う姿勢が徐々に作られていってしまうのかもしれません。


変な常識にとらわれてしまうと
自分の人生を他人の思い通りに生きる。

もったいないです。


常識にとらわれることなく、
心を自由にして考えることができたら
人生もっともっと楽しくなると思います。


バンコクの雨季の洪水を見ながら
そんなことを考えていました。

フェイスブックの友達を断捨離する予定


フェイスブックの友達を断斜離

ちょっと最近考えていることが
再度フェイスブックの友達を
断捨離しようかなということ。


以前、かなり多くなったんで、
一度400人ぴったりになるまで
という目標でやったんですが、
気が付いたら、また400人越え。


フェイスブックってとっても便利で
疎遠になりそうな友達と
ギリギリでつながって交流ができたり、
お互いの近況を知り合えたりと
とても便利な面がある。


でも、その反面として、
知らなくて良い情報も目に飛び込んでくる。


なぜ、知らなくて良い情報が
目に飛び込んでくるかというと、
本来ならつながりがきれていただろう知人とも
繋がりが保ててしまうからです。


フェイスブックがないころだったら
とっくに切れていた縁が
フェイスブックのお陰でかろうじてくっついている。


フェイスブックの中では友達という
カテゴリーに分類されているけど、
かろうじてくっついている程度を
友達と呼べるのだろうか?


友達という言葉が
ちょっと軽くなりすぎている感があるって
最近おかしいなと感じているんです。


自分は友達と呼べる人が400人もいるわけがない。
知り合い程度なら400人はいるけど、
それは友達とは違います。



友達って誕生日にメッセージをし合える仲だと思うんです。


誕生日にメッセージをし合えないのは
縁が切れているんじゃないかな


別にこれはメッセージをくれない人に
怒りを覚えているのではないので
勘違いされたくはないんですが、
現実的な常識で考えているんです。


フェイスブックにはフォローボタンがついているんで、
友達でなくても、
その人に多少でも興味があれば、
勝手にフォローすればいいわけです。


友達になって、わざわざ自動的に
アップされる近況を確認し合う必要はないんじゃないかな。


どうも自分と
フェイスブックの「友達」の概念のとらえ方が
一致していなくて気持ちがスッキリしないんです。


ということで、
5月末をめどに特に自分とつながりが
薄くて「とりあえず」でつながっている友達を
300人まで断捨離しようと思います。


別に誕生日にメッセージをし合えなくても、
ある程度記事にリアクションをしてくれたり、
コメントをしてくれたりしてくれる人は
フェイスブック上では友達と呼べる気がしています。


判断が難しいですね。


でも、確実に言えることは、
フェイスブックの記事にも反応がなく、
誕生日も反応が無い人は、
さすがに断捨離して良いかなってこと。


これは自分の価値観であり、
相手を悪く思っているわけではありません。


フェイスブック断捨離の対象になった方を
私の中で人間として価値が低いと判断したわけではないのを
知っておいてほしいなって思います。

興味がある方は友達申請ではなく、
フェイスブックにはフォローボタンがあるので、
ぜひフォローしていただけたらと思います!


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1日1つ物を捨てれば、ストレスが軽減するはず

2017年5月15日月曜日

未来に手に入れるものは、今の努力で決まる。

昨日の記事に
知人のパタヤの別荘に泊まって
ちょっと羨ましかったという話を書きました。
人は与えられたカードで頑張るしかない


今日の成果は過去の努力の結果であり、


未来はこれからの努力で決まる。


この稲盛和夫さんの言葉が
とってもしっくりくるんです。


結局、昨日の話のように、
親からコンドミニアムの別荘を
譲り受けたということは、
おじいちゃんが頑張った結果なわけです。
もしかしたら、ひいおじいちゃんかもしれませんが。


結局、私自身が親から家を受け継ぐことはなかった。
田舎に一軒家を所有しているわけではない。


そのことは、そのことで受け入れる。
良いことでも、悪いことでもない。
事実は事実。


次に考えるべきことは、
自分は息子、娘に何を残せるのか。
自分の未来をどうつくるのか。


息子、娘には自分自身の力で生き抜けるようになってほしい。


息子には親の脛をかじるような生き方はしてほしくない。
娘には旦那さんの稼ぎや親族の財産を
わが物顔で誇るようになってほしくない。


自分の力で社会に必要とされ、
しっかり地に足をつけて生活できる人になってほしい。


そんなことを考えるに至りました。


今の自分の環境が恵まれている、
恵まれていない、
そんなことを語るのではなく、
未来のためにできることは今この瞬間に手に届く範囲。


だから、子どもたちに教育すること。
そして、自分が努力できることに
集中しようと思うんです。


良質のお米を手に入れたければ、
今目の前にある畑をぼーっと眺めているのではなく、
種を蒔き、水をやり、
雑草を抜き続けること。


当たり前のことを
当たり前にできる大人でありたい。

2017年5月14日日曜日

人間は与えられた環境で頑張るしかない。

タイの三連休でパタヤに行っていました。


ホテルに泊まったのではなくて、
娘の幼稚園の友達の別荘に宿泊。
パタヤ


まず以前、家に遊びに行って、
家のデカさに驚いていて、
さらにレクサスやらベンツやらが車庫にあって、
追加で驚き。


そして、今回のパタヤの別荘。。。
パタヤ


とってもリラックスできたのはできたけど、
ちょっと流石に嫉妬心が
自分にもあるんだなってわかりました。
パタヤ


でも、強くはなくて、
少し嫉妬と言ったら違うかな。
羨ましいなといったレベルの感覚です。


その人は、親から一軒家も
別荘も、会社も受け継いでいるんです。


もし、自分の力だけだったら
そんな嫉妬心のようなものは
生まれなかったんだろうけど、
親から受け継いでいるというところが
ちょっと羨ましかったんです。。。


でも、1泊過ごして思うのが、
人それぞれトランプに例えるなら、
配られているカードはもう変えることはできない。


その手持ちのカードの中で
人は自分のできる範囲で
頑張ってあがりを目指すしか無いなって
当たり前のことを考えていました。


その人たちと比べて
自分が下だの上だの、
そんなことは関係ないですね。


親から受け継ぐものがある人は
あるんだから、
良かったね。
というだけです。

別に羨んだり、
嫉妬する必要はないんだと思います。


親から受け継げるものがあって
良かったじゃん。
そう思えばいい。


えっ?俺?
大学は奨学金で
自分で払ったけど、
それは当たり前のことだと思えばいい。


大学に行きたかったのは自分なんだから。


親が払おうが自分で払おうが、
別にそこは幸せ、不幸せとは関係ない。


与えられた環境の中で
自分を高め、
自分の家族を幸せにし、
さらに自分と関わった人を
幸せにできたら、直最高だ。


そんなことを考えさせてくれた
パタヤ旅行でした。


この記事をもとに
たどり着いた思考はこちら
未来を変えるためには、今努力するしかない!


2017年5月12日金曜日

バンコクから屋台が消える日/伊勢丹のあるワールドトレードセンターにて

伊勢丹のあるワールドトレードセンター
祝日に伊勢丹のあるワールドトレードセンターに行きました。


ここでちょっぴり寂しいことがありました。

伊勢丹のあるワールドトレードセンター
この写真を見て気づく人はいるでしょうか?

伊勢丹のあるワールドトレードセンター

そうなんです。

屋台が無いんです。。。


バンコクでは、主要な道路から
徐々に屋台を撤去するという方針ができたという
情報は耳にしていたのですが、
こうやって目の前に屋台が無い風景が広がると寂しいものです。

伊勢丹のあるワールドトレードセンター

自分が若かりし頃、
タイにきて楽しかったのが屋台。

いろいろな屋台に挑戦するのは
バンコクでの大きな楽しみの一つでしたし、
バンコクの混沌を象徴するような風景でした。

伊勢丹のあるワールドトレードセンター

清潔感あふれる都市を目指しているのかは
よくわかりませんが、
バンコクらしさというものが何なのかを
お偉いさんは理解しているのでしょうか・・・

伊勢丹のあるワールドトレードセンター

これからタイに観光に来る人は
この殺風景な景色が当たり前になります。


屋台がひしめいて、
歩きにくい道路。

行き交う人と肩が触れそうになりながら、
それぞれの店を眺める。

時にチャレンジしてみる。

そんなバンコクの旅行の醍醐味を
奪わないでほしかったな・・・

2017年5月11日木曜日

人工知能に仕事を奪われる人、奪われない人


ほぼ毎日通う自分にとっては
学校のような喫茶店で
「人工知能に仕事を奪われる人。奪われない人。」
についてちょっと考えさせられる出来事があった。


ほぼ毎日通っている割に
店員さんとは深い交流もなく、
お互い顔は毎日見ているわけだから
知っているという間柄。


ある日、ふとカウンター近くの席しか空いていないとき、
店員さんが「あなたの仕事は教師ですか?」
と聞いてきた。

「そうですが、どうしてわかったの?」
と聞き返すと、
「いつも本をたくさん読んでいるから、そうだと思った。」
とのこと。

なるほど、
通り距離ながら、
しっかりとお客さんを観察していたんだということが
わかる言葉でした。

それにしても
本をたくさん読んでいるだけで
教師だと推理するとは・・・^_^;


その後も少し話は続き、
毎日来ているから普通の仕事ではないのかな?
ということなど、
考えていたことを伝えてくれました。


それも深入りすることなく、
ある程度必要なことが話し終わると
そっと笑顔で距離をあけて
自分の仕事に戻ってくれました。


カウンター業務が
ロボットと人工知能の進化で
なくなる仕事だと言われています。


でも、こんなサービスを受け取る側と
サービスを提供する側が
直接的な珈琲というサービス以外でも、
ちょっと心温まる交流をすることもサービス。


こんな心温まるサービスができる
カウンターの店員さんの仕事は
消えることは無いだろうし、
消えてはいけないなって感じました。


でも、ときに無言で
笑顔一つ見せずに
カウンター業務をする店員にも出会います。


そんな人間でなくてもできるようなこと、
むしろ人間だからこそ期待するような
サービスができない人は、
淘汰されていくことでしょうね。


人工知能に多くの仕事を奪われるという時代は
必ず来ます。


でも、ただ恐れているだけではなく、
人工知能にはできない、
人間ならではの温かみを自分の仕事に加えていく。


そんなことが
人工知能と共存しながら生き残るためには
必要なことだなと感じた喫茶店での出来事。

キーワードは
「人間だからこそ」
ですね。

2017年5月9日火曜日

馬車馬のごとく下を向いて走り続けたあとのゴールに何が待っているか?

エカマイ

小さい個人経営であれ、
1人である程度会社を回すとなると
細かい仕事を分業するわけにもいかず、
ときに大量の仕事に追われることがある。


そんなときは
馬車馬のように突っ走ればいいから
時に何も考えることなく
仕事をロボットのごとくこなしていく。


その馬車馬の時期を乗り越えると
急に穏やかな台風の目に到達したかのような
日々が訪れることがある。


他人の分業の負担を負う必要がないし、
必要ないと思った仕事はばっさりカットできるから。


そんなとき、どうやって時間を過ごすのか?
これから先の未来を形作っている大切なこと。


あぁ暇になったなとぼーっとしていては
いけないと自分を戒めるようにしています。


馬車馬のように突っ走っているときは、
ただ下を向いて走ればいいから
大きな視野で物事を考える必要がない。


けど、台風の目に入って穏やかな心境のときこそ、
自分の未来のためには何が必要で、
何を本当はやるべきなのか?
が見えてくるものです。


進む方向はあっているのか?

直近で必要ではないけど、
のちのち必要になる可能性が高いのでは?


そんなことを考えるのが
人生を大きくとらえたときには
大切になると思うんです。


日本では
まさに心を亡くすかのような
忙しい日々に追われている人が多い。
過労死が多い国です。


下を向いて走り続けた先のゴールが
どうなっているのか?


そこを考えてから走らないと
気が付いたら、
顔をあげたとき、
全く違う景色が待っているなんてことも
あるかもしれません。

顔をあげたとき、
家族が全くついてきていなかった。
なんてこともあるかもしれません。


私が大切にしていること。


ふと顔をあげて未来、ゴールを考える。
ふと顔をあげて家族を見つめる。

では。

2017年5月8日月曜日

将来の夢Youtuber/ひかきん?はじめ社長?


子どもたちの夢にYoutuberというものが
現れてきて少し気になることがあります。


子どもたちの話題では
ヒカキンはじめ社長という名前が
良く出てくるんですが、
大人の人で詳しく知っている人が
どれほどいるのか?
ということです。


職業としてのYoutuberの収入は
動画再生数に応じて広告費が入る仕組み。


私が経営者として広告を載せたいと思ったとき、
大人がほぼ興味なくて、
小学生ばかりが何となくで再生している
ヒカキンやはじめ社長という人の動画に
広告を載せたいのか?
と考えると、絶対に載せたくはないんです。


親の世代が見る動画に広告を載せたいです。


私の娘だって、
なんかおもちゃを紹介している
姉妹の動画を再生していますが、
私は全く見ておらず、
ただ再生ボタンを闇雲に押しているだけです。


広告なんて見てもいません。


にも関わらず、
企業は小学生ばかりが再生している動画に
莫大な広告費を払うのは
すごく無駄な経費だと思うんです。


そのうち、企業側もそのことをもっと考え始め、
徐々にYoutuberの未来の形は
もっと大人向けに変わっていくんじゃないかな
って思うんです。


そうでなければ広告費を
どぶに捨てているだけ。


これからはグーグルが広告を自動で
選んで出すのではなくて、
企業側がYoutuberをピンポイントで選べるようにも
なってくるんじゃないかな。
もうすでに選べるのかもしれません。


PS:ヒカキンやはじめ社長の動画を私が見ていないだけで、
他の大人の人は頻繁に見ているのでしょうか・・・


1日1つ何かを断斜離すればストレスが軽減するはず。

ストレスを感じる瞬間は
頭の中に考えるべきことがパンパンなとき。


メイドインチャイナの安い移動式パズルが
角っこ同士が引っかかって
スムーズに動かないような
ストレスを感じる。


斜離。


最近の自分のテーマです。


一時期流行って、今更という感があるんですが、
整理整頓が昔から苦手だった自分には
人生を変えるくらい大きなことだってとらえています。


別に汚部屋というわけではないんだけど
情報がパンパンな状態の頭の中のような
どこか隙間の無い状態であることにストレス
感じるんです。


どんな整理整頓をしようと思っても、
結局、物の総量が多いんで、
どこか整理しきれないような
歯の間に豚肉の破片が残っているような
気持ち悪さが・・・


物に家賃を払っているようで
もったいないという言葉を耳にしたことがありますが、
まさにそうです。

大量の本。
これをどうにか減らしていかなければならない。

が、内容を確かめながら捨てるのは
どんだけ時間がかかるか。。。
考えただけで溜息が。


でも、やらないと決断すれば
何も変わらないので、
1日何か1つでも捨てるということを
自分の義務にして断斜離を
コツコツと続けていきたいと思います。



飛行機マニアにはたまらないフライトレーダー/すさまじい飛行機の数

全くどうでもいいんですが、
飛行機が好きな人は
ぜひこのサイトを見てみてください。

フライトレーダー
https://www.flightradar24.com/19.97,91.78/4


どーでもいいですよね。
今のリアルタイムで飛行機の位置がわかる
フライトレーダーです。


上の画像は真夜中なんですが
すさまじい数だというのが伝わりますか?


このすさまじい飛行機の数を実感すれば
二度と見ないサイトかもしれませんね^_^;


でも、飛行機マニアの人だったら
ついつい開きっぱなしにして
飛行機が飛んでいるのをリアルに感じたい
なんてこともあるのでは?


ついつい飛行機の数のすさまじさを
誰かに伝えたくてブログに書いてしまいました。


ではでは。

2017年5月6日土曜日

「忙しい=心を亡くす」忙しいときこそ、顔をあげて生きる


バンコクの暑さが尋常ではない。。。

日中は37℃に到達する日もあって、
完全に体力をもっていかれます。


ほぼ寝るときも日中もクーラーを使わない自分ですが、
ここ1、2週間は日中クーラーを使っています。

暑いと思考がにぶくなるのを
感じるからです。

仕事柄、常に頭をフル回転させていたいんで、
思考力が鈍ることが大敵。


最近は本当に忙しい。
新4年生がスタートして満員。
真っ白な状態の4年生にいろいろと
1から教えるのは、
5年、6年よりハードです。


忙しい=心を亡くす


漢字にするとそうですが、
心は亡くしたくないので、
必ず午前中は喫茶店に行って読書は続けています。


喫茶店でリセットして、
今自分が進んでいる方向は正しいのか?
ということを常に確認するようにしています。


忙しいと下を向いて
馬車馬のように突き進みがち。


方向が間違っていたら
間違った方向にぐいぐい進んで行ってしまう。

あぁ、やっと到着した!
と言っても全然違う場所なら意味がない。


必ず顔をあげて、方向を定める。
船長のような役割も自分は経営者なんでやる必要があります。


明日の土曜も中1の授業。
日曜の朝も軽いカウンセリングのような授業。


仕事があるということはありがたいこと。
社会から、人から必要とされている
という実感を得ることができるとき、
自分は地に足をつけて生きているという実感を
同時にもつことができます。


今できることを頑張ります☆

2017年5月4日木曜日

シンプルな思考が手に入れたく、ミニマリストの種火がくすぶる。



ちょっと前に
ミニマリストの生活を見ていて、
行き過ぎてはいるけども
見習うべきことはあると感じました。

ちなみにミニマリストって言葉知っていますか?
簡単に言えば、
生活スタイルをミニマムにしていく人のこと。


自分の生活を振り返ってみると、
全然ミニマムではなく、
どんどんぶくぶくぶく太っているような感じ。


ミニマリストにしてどんな良いことがあるのか。
完全には経験していないけど、
何となく想像でわかります。


思考がシンプルになる。


絶対にシンプルになるはずです。

旅して、テレビの無い部屋に入ったとき、
思考がシンプルになりますよね。
これを家でも味わえたら最高だなと。


すっごく魅力を感じました。

パソコンの画面いっぱいに
アイコンが並んでいたら
目がちかちかしてストレスが溜まるんですよね。


それと同じように、
自分の机周りが雑然としていたら、
余計なことが視野に入ってきて、
思考が妨げられる気がするんです。


思い返せば、
自分は整理整頓が苦手だったな。


そこまでひどく汚れていたわけではないけど、
小奇麗にしていたわけでもない。


合理的と言えば合理的。
良く言えば。
悪く言えば雑然。


手の届く範囲で物が置いてあり、
整っているとは言い難い机。


その小さいころの自分の習慣は
直すのに苦労している。本当に。


もっと余計なものを減らして、
思考をスッキリさせたい。


ストレスを感じにくい空間を作りたい。

特に頭を使う仕事だから
頭を最大限に使える環境を創りだしたい。


こんなことを考えていたら、
またちょっとミニマリストの種火が
くすぶってきました。


まずは捨てていこうかな。
明日から。。。
明日は忙しいから週末に?

あちゃ。


頑張ります。

かなり影響を受けた本
ぼくたちに、もうモノは必要ない。



2017年5月3日水曜日

世界幸福度ランキング51位の日本。幸せって何だろう?

2017年の世界幸福度ランキング
日本は51位だとのこと。


1位はノルウェー


日本より上位な国がノルウェーなのは
納得できますよね。


自然が豊かで心が癒されますし、
経済的にも豊かで福祉が整っている。

民度も高く安全も確保されていそうです。
全く行ったことはありませんが^_^;


ちなみにタイは32位です。


経済的には日本の方が圧倒的に上ですね。
平均寿命だって日本が上です。

生活環境だって
日本の方が圧倒的に整備されています。


それにも関わらず20位程度の差。


ウズベキスタンが47位。


安全性、経済的な豊かさ、長寿など
日本の方が申し分ないはずなのに
日本の幸福度が51位だということは
幸福を測る尺度はいったいなんなのか?
と考えさせられる。


国連のアンケートが何の項目でやったのかは
わかりませんが、
どう転んだって日本の幸福度が低い方なのは事実でしょう。


私が個人的に感じているのは
心の自由さなのかなと考えています。


例え、経済的には下の仕事をしていても
心が自由な状態で笑顔で仕事ができていたら
それは幸福なんじゃないかな。


経済的に下でも、家族と笑顔で過ごせる時間
多い方が幸せを感じる。

安全性が低くても
未来に希望をもてる心の自由さがあれば
幸せなんでしょう。


心を自由にして生きるというのは
わがままとは違う。


人に迷惑をかけない範囲の中で
1人ひとりが自分の心を見つめて、
自由に生きることができたら
幸福度はもっともっと高くなるはずです。


人生の半分を生きていると
世間体だの、物欲だの、
余計なしがらみが消えてきて、
自分オリジナルな幸せが見えてきた感じがしています。


幸せは相対的なものではなく、
絶対的な個人個人違うものなんです。


自分が何が欲しいか、何がしたいか?
ではなく、世間の評価を中心に振り回されてしまうこと。
CMに影響されたり、
テレビで芸能人の豪邸紹介なんてものと自分を比較したり。

自分の意思を殺して仕事すること。
家族のため、子どものため、
社会とはこんなものだという達観。

そのようなことが幸せから
日本人を遠ざけてしまっているような気がしています。

2017年5月2日火曜日

タイ、特に渋滞世界1のバンコクの排気ガスのひどさ!

私は渋滞世界一のバンコクで
バイク通勤をしています。


渋滞がひどいバンコクでは、
当然のことながら車の排気ガスもひどい。


整備不良の車も多くて、
地球を破壊するかのような黒煙を
まき散らしているトラックやバスも溢れています。


基本的に1か月でマスクを交換するようにしているんですが、
たった1ヶ月でこのありさま。
バンコクの排気ガス

左が新品で、右が1ヶ月使用したマスク。

このマスクの上に、布のガードもしているので
直接汚れた空気にあたっていないのに
この黒さ。。。


写真が良く見えないんで、
アップで1枚。
バンコクの排気ガス

肉眼で見ると、もっと黒ずんでいます。
網目の中まで黒ずみが!!w(゚o゚*)w


布のガードを当然のごとく突き破り、
このマスクでキャッチされた黒煙の粒子が
付着しています。。。


マスクをしていなければ、
全てがダイレクトに肺へご招待。
そう考えると恐ろしいです。


男性喫煙率が下がっているのに
肺がん患者はいまだに増えているそうです。


女性喫煙率は昔から変化がないのに
女性の肺がん患者も増えているそうです。

このことから
タバコと肺がんの関係は薄く、
どうも排気ガスが主要な原因ではないか?
とも言われているようです。


このマスクの黒ずみを見ていると、
肺がんの主要な原因だと考えても
不思議ではありません。


バンコクで暮らしていて、
幹線道路が近くて頻繁に歩いている人も
要チェックです。

毎日バイクで通勤している自分が
1か月でこの付着量です。

良く歩く人はマスクつけた方が良いですよ。


この黒さを見ると、
マスクに感謝の念が沸いてきます。。。


渋滞世界一のバンコクは
排気ガスも世界トップクラスだなと感じさせてくれる
恐ろしいマスクの写真でした。