2017年1月26日木曜日

仕事を芸術作品にする

ふぅーっ。

夜のバンコク


1日が今日も過ぎていきました。
あっという間でした。



やらなければならないこと、やるべきことは
山積みにあるけども
横目で見ながら過ごしているといった感があります。



でも、頭は横目で見ていても
確実にそのことを考えてはいるから
無駄なエネルギーを使っているんでしょうね。



結局は1つ1つしっかり処理をした方が
効率が良いんでしょう。



今日は何が言いたいかも特に決まっていないけど
とりあえず、何かしら書きながら考えています。



そんな日もあるわけです。



教師という仕事っていうのは
芸術に近い仕事なのかなって思っています。


教育というものを
芸術的な作品にまで高めることを
目指してやっていかなければならないんだと考えています。



単なる製品をつくっているイメージでは
いけないって自分でしばりをつけています。

そうしないと
なぁなぁに過ごしてしまいそうで。


もう10年以上教師をやっていると
正直、頭の中にすべて入っているんで
朝から何もしないで
夕方の授業に立っても
教えることができます。



テキストが手元になくても
子どものテキストを見たら指導できる状態です。


だからこそ、
芸術作品にするというしばりを
自分で設けているわけです。



例えるのが難しいんですが、
ポップなアイドル的な作品をつくるのか、
私が好きなチャゲアス的な作品をつくるのか
って違いです。
わかりづらいかな。。。



数十年後に
アイドル的な歌がずっと心に響いて残っている
とは思えないんです。


あくまで流行の一つの商品として
消費するイメージです。


チャゲアスは自分にとって
芸術作品なわけです。



だから、今でもSAYYESを聞くと
心をもっていかれるほど聴き入ることができるんです。



授業を消費的なポップなものにしてしまったら
結局は数年後には自分が教えたことなんて
何も残らないむなしいものになってしまいます。



ただ、数年、学習しなければならないことを
淡々とならいました。


家が近いから選びました。
授業料が他塾より安いから選びました。


ポップなことしかしていなければ
そのような大衆的消費財的な選ばれ方しかしないと思うんです。


ティッシュは安ければOK的な。


そうじゃなくて、
芸術的な存在であれば
わざわざ遠くても通ってくれる人が出るはず。

授業料は確かに他塾よりは
安いんですが、
もし仮に高くても来てくれるはずです。


小川先生でなければいけない。
という熱烈なファンができるような
独自性のある芸術作品的な塾にしたいわけです。



数年後、いや、大人になった子どもたちが
TJで学んだことは忘れることができない
というものを教えたいんです。



そんな思いで授業をしていると
自然と熱が入るわけです。


2時間経って、子どもたちが帰ったあと、
1人で茫然と椅子に座ってしまうわけです。


イメージは明日のジョーがリングサイドで
白くなっているような・・・


本当に頭が真っ白にしばらくなるわけです。



そして、おもむろに3階のバルコニーで
タバコを吸います。


前にも書きましたが1日5本くらいは吸います。
我が子、生徒には隠していますが。
変に憧れをもってもらいたくないし、
知らなくて良いことだと思うんで。


タバコを吸いながら
反省をするわけです。



振り返っていやぁ、まだまだだなと思ったり、
今日は最高に気持ちが良い授業ができたと
清々しかったり。


そんなことをしているわけです。


教室の消しゴムのカスなどを
箒ではきながら教室での出来事を思い出します。



ちょっと頭が働くようになってくるのが
この掃除の時。


家に帰ると
頭をしばらく使いたくないんです。



なので夜ごはんを食べるときは
バラエティー番組を見ながら食べます。



思考が停止して
ただただ受け身になれるからです。



このブログを書いているのも
イメージとしては
頭の中にあるぐるぐる回っている思考を
外に出す感じです。


ぶはぁーっと書き出すと
ちょっとスッキリしてきます。



こんなブログを最後まで読んでくださっている人は
いるのかな?なんて時々思いつつ・・・



読んでくださった方。
最後の最後まで特に何もありませんが
貴重な時間を使っていただき感謝。m(_ _)mです。



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