2017年1月31日火曜日

教師として子どもの上にたつ存在だからこそ大切にしたい「思いやり」


今朝のバンコクは23度と肌寒いです。


朝からいろいろとがっかりすることがありつつも
1日を無事終えることができました。


1日のうちでいろいろ考えていましたが、
人間だからこそ
思いやりが大切だなって思うんです。



思いやりは言葉にすると簡単だけど、
相手の気持ちをギリギリまでズレなく
想像する必要があるから
難しいものなんですよね。


ルールの白と黒の間に
グレーの部分あって
その曖昧さが思いやりという糊で埋まる。



グレーの部分が緩みになるから
徹底しなければならないことは誰でも理解できる。
本当に良く理解できる。



それでも、正しい側も
ミスをした側も理解しあう。

お互いの価値観が
違うことを認め合って、
どちらが正解だなんて争わないで済むなら
それが一番良い解決方法だ。


そう進むような方法はないのか?
まずはそう考えてみること。


間違っていることがあるなら
そっと優しく諭してあげることも
上に立つ人の度量なんだと思います。



譲れる度量がある方
相手の気持ちになって
「そうだよな。わかるよ。わかるけどね。
 これこれこうなんじゃないかな?
 気を付けないとならんよね。わかるよね。」



って優しく諭してあげる。


子どもたちと接する教師だからこそ、
自分はそうするように気を付けています。





大岡裁きって素敵です。
日本人独特の感性の上に成り立つから。


白黒の裏にあるグレーをもって
酌量するわけです。


水戸黄門だっていきなり成敗しません。
まずは印籠を出して
ははーっという機会を与えるわけです。


上に立つものは
下にいるものがはむかえないことがわかっているはず。
はむかえるわけがない。
だからこそ
伝え方が大切になってくるわけです。



自分の言葉が
冷たい刃物を相手の頬に当てるように
ひんやりとしたものになっていないか。
自分で振り返ってみることが大切だと思います。


できるならひと肌のぬくもりを感じる
温かい言葉で伝えたいものです。


そのような人に
人は着いていきたくなる。


だから上に立つ者は
思いやりを行動原理にしたいものです。


テレビのニュースであれ
ネットであれ、
身近な人のことであれ、
人が思いやりを発揮している場面を
たくさん見聞きしたいものです。


人の思いやりで
人が笑顔になるような場面を。



きっと未来は思いやりが溢れている
って信じたいものですし
自分たちで創っていかなければならないですね。

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