2016年8月14日日曜日

2010年東京オリンピックのボランティア制服で感じる無力感。


2010年の東京オリンピック。



海外にいながらも日本のことだから
嫌でも関心が高まります。



でも、これだけは勘弁してほしいんですよね。


                    出典:pbs.twimg.com



ボランティアのユニフォームです。


国はオリンピックは日本国民全員で盛り上がってほしいはず。
だったら日本国民の声を反映させないと
盛り上がりに欠けてしまうんじゃないかな・・・



その盛り上がれない象徴が
ボランティアのユニフォームって感じるんです。



ネットの声が日本国民すべての声ではないけど、
賛否両論ではなく、確実に否定派の声が強い。



日本国民で盛り上がりたいんだったら
日本国民の声を取り入れてほしいですよね。
上だけで決めないで。


運営する人たちにとっては
どうでもいいことかな・・・



さすがにこのユニフォームは
海外に住んでいて
直接には関係なくても
一目見ただけでまずいでしょ!と感じました。



さらに、否定派の声が多いのに
変わる気配もない国民の声が届かない無力感。



ネットでは肯定されている
オリンピックのボランティアユニフォームの
デザインも広まっています。



良いものは勝手に広まるんですね。



東京法被さんがデザインした法被です。
                                   PIC:東京法被

圧倒的にこっちのデザインの方が良くないですか?



個人的な好みかな?というレベルじゃないと思うんです。



にも関わらず、何も変化が起こらないことに
何回も言っていますが
なんか一個人の無力感というのを覚えます。


政治も同じですよね。


無力感は無関心につながる。



どうせ自分が何をしたって無駄。
だったら黙っていよう。
目にするだけイライラするだけだから
無関心でいようという心理が働く気がします。



東京オリンピック。


日本はアニメなどで先端をいっています。
日本の文化はクール。かっこいい。
と世界で言われてはじめているようです。


が、国内に目を向けると
クールとは逆の方向に・・・


ついつい書いていたら
長くなってしまいました。


とにかく、東京オリンピックのボランティアの
ユニフォームは法被にするべきだということです。




むしろ、日本人が全員で法被などの
和の服装をしても面白いかもしれませんね!



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