2017年1月13日金曜日

安楽死を望むということ

安楽死


安楽死の話題がテレビでやっていました。




これは誰もが一度は考えたことがあるんじゃないかな・・・


とっても重い話題だけど
誰もが経験する、
いや、しなければならない「」だから。



まず、安楽死に賛成か反対か。
自分は賛成です。


だからといって
反対する人の気持ちがわからないわけではないし、
簡単に二元論で語れない話題だとも知っています。



が、こと自分の「死」に関しては賛成なんです。



安楽死否定派の人たちの意見の中に
「おばあちゃんとと少しでも長くいたい。」
というものがあった。



私の家族もそういう意見があるかもしれない。



もちろん、残っている人の気持ちはありがたいし、
できるものなら残っている人の望み通りに生きれたらとは思います。


が、自分の人生の終わり方は自分で決めたいんです。


自分の人生の終わり方を
自分でコントロールできないことに
とても恐怖を感じるんです。


延命の治療をストップは
医者が勝手にすることはできません。



家族の意思が必要なんですよね。


もし、家族が見殺しにするのは嫌だ!
という思いから延命処置を希望したら
病院では当たり前に延命治療になってしまいます。



私が意識不明になってしまえば、
私は医者に意志を伝えることができないので
ずっと延命されます。
どんなに生前に安楽死の意思をもっていても。



延命処置をストップして死に至るのも実は怖いです。
苦痛を伴う可能性があるからです。



可能であれば、薬の投与などで
苦しまずに死なせてほしいです。



明確な意思表示の1つの手段として
家族の人へ残しておきたい
私の強い思いをブログに書きました。



こんな重い話は・・・って
読んでいて感じた人もいるかもしれません。



が、誰もが心の準備は
しておいても損はないことだと思います。



延命処置しか生きる手段がなくなってしまい、
さらに私の意識がなく、
意思の疎通ができなくなってしまったら、
見殺しにしたなんて思わないで
心の底から安楽死を希望します。



自分のブログに残しておきますが、
この意見も発見してもらえるかわかりません。



私を知っている方で
誰でも構わないんで
そんなことを小川一樹が言っていたなと
頭の片隅に入れておいてくれたらうれしいです。



そして、万が一のことがあったら、
右下のブログ内検索で
「安楽死」と入力して
家族にこの記事の存在を知らせてください。



よろしくお願いします。
まだまだまだまだ健康ですがw
転ばぬ先の杖です。



なんか死について書いていると
しんみりしちゃいますね^_^;



最後に・・・
私たち世代なら有名なセリフを。


僕は死にましぇん!

            101回目のプロポーズより