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2026年9月21日月曜日

周囲を気にしない陽キャが苦手

夜飯とリラックスも兼ねてマックに行ったときのこと。

自分の後ろでバカ騒ぎする社会人の集団がいた。


集団の中で聞こえる声で話せばいいのに、
マックにいる全員に聞こえるくらいの声でぺちゃくちゃゲラゲラ。


うるさすぎて不快だったので、違う席に移動。


それを不快と思うか否かは人それぞれ。
自分は不快だから席を移動しただけ。

良い悪いの話をしたいわけじゃなくて、
改めて自分は陽キャが苦手なんだなって思った。


内輪だけしか見えなくなって、
周囲を気にせずげらげらしている雰囲気が苦手。


たぶん、幼少期からマンション生活で、
大きな音がダメという教育をされ続けていたからなのかな。


とにかく、周囲を気にしない行動が苦手。


そういえば、思い出したけど、
ドアをバン!ってしめる人とか、
物をドスンって強く置く人とかもちょい苦手で、
それもやっぱこの幼少期の教育が染みついているんだろうな。


誰かに迷惑をかけているかいないかということじゃなくて、
単にちょい苦手なだけ。


マンション暮らしが長かった人はわかってもらえるのかな…


大きな音、声、デリカシーがないというか、
そういう行動っぽいの。

気にならない人でいられた方がストレスは少なく生きれるんだろうなぁ
ってわかっていても、こればかりはなかなか抜けない。
幼少期のトラウマ的なことって
本当に根深いものだな。。。


これって一生抜けないのかな・・・

陽キャが集まる渋谷の街

2026年9月12日土曜日

人生で初めてのキレた経験

昨日は自分を抑制できるレベルではあるけど、
初めてのレベルでキレた。

自分はここまで他人に対して怒ることができるのか、
しかも公衆の面前で。
しかも良く行く場所で。

昔から父親が感情的にキレるタイプで、
そういう人が苦手だった。

自分はそうはなりたくないと思って生きてきたけど、
自分の中にも親父の血は流れていると改めて自覚。


言語が通じない人、それは言葉が拙いという意味ではなく、
自分とは扱う言語の背景の価値観が違って、
共有することができない人がいる。



育ってきた環境、生きて来た環境が違い過ぎて、
相手が下とか悪いとかそういう意味ではなく、
とにかく世界観、価値観が違う人がいる。


そういうことは人付き合いをしていると、
徐々にわかるというか、確信してくるもので、
それがわかれば、
今までの自分は自然と距離をとり、穏やかな環境を守ってきた。


穏やかに生きていたいから。


でも、昨夜はそうはいかない状況になった。
あまりの価値観のずれ、それがわかり距離をとりたいのに
距離をとれない状況。
とらせてもらえない状況。


最終的に精神的に追いつめらるようにキレてしまった。


感情の起伏が激しい人が苦手で、
我を見失う人は軽蔑すらする。


それにも関わらず、
自分が同じレベルの行為を選ばなければならず、
それをしているバカらしさに辟易したし、
嫌悪感すらおぼえた。


大人になれば、いろいろな人がいて、
距離をとれない状況もあることはわかる。
でも、その環境が一時的であるとわかっていればこそ
見て見ないふりをすることもできるし、
違う価値観の人間だからなと諦め、何事もないように接することもできる。


が、一生となれば話は違う。
ホアヒンの海の写真


一夜明け、タイにいたころの写真を見返していた。
自分は大切な人、事をほったらかし、
いったい何やってんだ・・・と激しい虚無感、罪悪感に襲われる。
体も心も痛めば、息苦しい。


自分は生涯、穏やかに暮らしたい。
一生の心の平安。
それが自分の人生の夢だ。


2026年7月28日火曜日

友達100人できるかな。

友達100人できるかな?って歌あるけど、

自分は友達多く欲しいとは思わなくて、

けっこう各分野で少数精鋭って感じ。


価値観の違いがあるのは当然だけど、

自分の中では譲れない基準はあって、

価値観が合わない人とは自然と疎遠になっていった。


どっちの価値観が正しいというわけではなく、

それは生き方が違えば、相手は正しいと思って行動し、

俺も正しいと思って行動し、

それが合わなければ疎遠になるってだけ。


合わせないのか?

ってことになるけど、

合わせられる価値観と合わせられない価値観があると思っている。


どんな価値観が合わせられないのか。

全部言語化しようなんて面倒。


ただ、心地よい関係ではないと思ったら心が疎遠になるってところかな。


タイでも知り合いは結構できたけど、

今でも続いている人なんてほんと少ない。


高校、大学もそう。盛り上がるだけの飲み会とかは参加しないから、

時間がもったいなく感じてしまう。

悪く言えば冷めてる。

良く言えば自分の時間を大切にしたいということ。

陽キャ的な人達とは自然と疎遠になったな。


今も続く小、中の友達は濃い。

会うたびに数時間も話し続ける仲間。

お互いの人生について話し合う。


バンコク日本人学校時代の知人も濃い繋がりがある。

会えば数時間、深いところまで話し続ける。


こう書いていて思ったのが

数時間、人生について話し続けらる、高め合える友達が残っているな。


これからの人生、またどんな繋がりができるのだろう。

楽しみでもある。

2022年1月16日日曜日

タイから日本に帰国した息子「タイと日本はどちらで暮らしたい?」という質問の答え。

タイから日本に帰国した息子に質問してみました。

「タイと日本はどちらが暮らしやすい?」


その答えは、「タイ」でした。


タイにいたころは日本が好きだった息子だったので
ちょっと意外な答え。

理由を聞いてみると
◆温かい
◆モノの値段が安い

の2つだけでした。


次に、「タイと日本はどっちで暮らしたい?」
という質問。

その答えは「日本」でした。

理由は、
◆楽しいから

この1つに集約されています。


質問してみて納得させられました。

自分が思っていたことの答えでもあります。

確かにタイは暮らしやすいです。
寒さ知らずで、タイの人々ものんびりしていて、
どこか肩の力が抜けるような気がしました。


ただ、楽しいか?と言われたら別に楽しくはなく、
単に自分が大人だからこそ暮らしやすさという観点が
人生の中で高い地位を築いていただけだったのかもしれません。


子供の価値観では暮らしやすということより、
「楽しさ」という純粋な観点が大切になります。


「楽しさ」という観点でタイと日本を比べてみれば
答えは明らかに日本だと思います。


子供の言葉は物事の核心をついていることがありますね。


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2020年8月19日水曜日

間違った思い込み

ちょっと気になったことがあります。


某スポーツジムのCMで
太った状態から痩せた状態に変化した芸能人を
BGMと表情でインパクト大で伝えられているものがありますよね?


これは塾でも一時期子どもたちがBGMを歌うほど流行っていましたし、
みなさんも一度は目にしたことがあるはずです。



教育に携わる者としてちょっぴり気になることがあります。


このCMって
「太っていることは不幸」という
間違ったイメージを伝えてしまっていないかな?ということです。


太った状態の人が
すごく落ち込んだみじめそうな表情で
姿勢も悪く暗いBGMの中で佇む様子。


製作者の意図はわかりませんが、
私には明らかに太っていることに対して
強烈なマイナスイメージが伝わってきました。


子どもたちも太った人に対して
かなり強いマイナスの印象をもつのではないでしょうかね。


私も太っていることにはマイナスの印象はあります。
ただ、このCMのような不幸っぽいマイナスではなくて、
健康面に関してです。


もし長生きしたかったり、
スムーズに動けるようになりたいなら
痩せた方が良いというシンプルなマイナスです。


でも、太っていることが不幸だったり悪いことだったり、
そのような思いはありません。
個人の自由です。全くの自由です。



ただ、太るに至るプロセスが怠惰にあるとすれば、
改善する方が生きやすいのかなとは思います。


ただ、このようなCMでは、
メリット、デメリットを伝える時間も無いとは思うので、
どうしても行き過ぎた印象操作をしてしまいがちです。


いじめは悪いと大人が言いながら、
結局、いじめの種を撒いているのも大人なのかな。
そんな気がした今日このごろです。


考えすぎかもしれません(^^;