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2025年9月27日土曜日

ギニュー特戦隊から考える──体と心、どこに“自分”は存在するのか?

夜空の下、星々に囲まれながら瞑想する人物のシルエット。背景には脳と心臓の抽象的なイメージが浮かび、「ギニュー特戦隊から考える──体と心、『自分』はどこに存在するのか?」という日本語タイトルが中央に配置されたイラスト。

ふと考えたどうでも良い話。

ドラゴンボールという漫画で
ギニュー特戦隊の隊長であるギニューは、
悟空が自分より強い、このままでは勝てないと判断すると
ボディーチェンジの技をしかけ、
悟空の体と自分の体をチェンジしてしまいます。

すると悟空はギニューの体になり、
ギニューは悟空の体になる。

が、ギニューは体に慣れておらず、
それを使いこなせないので、
逆に弱体化するという話。


ふと考えたんですが、
体は自分じゃないのかな?ということ。


体が自分であれば、体を交換したら
自分ではなくなってしまいますよね。

でも、依然としてギニューの体であっても
悟空は自分を悟空だと思っています。

ということは、体ではないところに
自分というものがあるということでしょうかね。


容姿をバカにされると怒るのは、
自分がバカにされたと思うから。

でも、体が自分ではないのであれば、
自分がバカと言われたわけではないので
怒る必要はない。


なんかよくわからないけど、
ふとそんなことを考えただけなので
気にしないでください^^;

ではでは。

2021年10月13日水曜日

冬の到来。四季があるから日本人の心、文化は深まる。

 


日本は午後6時半でもすっかり暗くなってしまいました。

冬の訪れを感じます。

槇原敬之が似合う季節の到来です🎵


四季の無いタイで生きてきたので

こうやって四季を味わうのも十年以上ぶりです。

季節が移ろうように心も移ろっていきます。


それだけ心が刺激を受けるのは、

人間としてとても成長することができる気がしています。


心を耕すには四季は最高の環境だと思います。

だからこそ日本の文化は色鮮やかなだけでなく、

趣のある深さを感じるものになっているのでしょうね。


冬の到来。

備えて待つばかりです。

冬よ来い。


寒いのは苦手だけど、

冬を味わい尽くします。

2020年1月2日木曜日

友との出会いは一生の宝。


1月1日は人生の先輩でもある知人のご自宅に招待され、
昼ご飯と夜ご飯を一緒に食べることに。


お昼ご飯はお雑煮と軽いお節をご馳走に。
我が家からはサーモン1kgをもっていきました。



昼食が終わるとお風呂の準備してもらっており、
お言葉に甘えてひとっぷろ浴びさせていただきました。


我が家はバスタブを取っ払ってしまってないので、
やっぱり風呂は良いなぁ・・・とかなり実感しました。


実は朝から体調がすぐれず、
頭も重かったのですが、ぬるめのお湯で長風呂をさせてもらい、
出たらすっきりして体調も復活していました。


お風呂の力、おそるべし。


しかし、こうやっておもてなしをしてくださるところに
本当に感謝しかありません。


自分の父親ほどの年齢の方ですが、
ここまで性格というか、雰囲気というか、
いろいろなことがしっくりくるとは思いませんでした。


お互いの初めての出会いなども語り合い、
懐かしい思いがわいてきました。


出会いは息子の空手道場です。
ふとしたきっかけでよく話すようになりました。

父親ほどの年齢の方ですが、
妙に話が合うな・・・と感じたので、
飲み会がある度に近くに座って話すようになりました。



夜はすき焼き。

お腹いっぱい食べました。
そして、人生の先輩とは、ここでも色々な話を。


ここまで2人だけで話し合う時間をとれる知人は
そう簡単に得られるものではありません。

本当に縁です。


そして、しばらく談笑したのち、
最後の締めにお汁粉。


お正月を味わい尽くすことができました。



人生においては色々ほしい、手に入れたいなどの
欲というものがついてまわるものです。


ほしいものは目標化して、行動して手に入れるというような
思考がしみついてはいます。


しかし、このような出会いは、
単純な欲で得られるものではありません。


そのような欲を度外視した運命の流れのようなものを感じます。


出会うべくして出会った。
そう思わざるを得ない偶然性があります。


こんなに気を遣うことなく過ごせる知人を得たことは
人生において宝です。


年齢差が父と子ほど離れていることだけが
唯一残念なところかもしれません。


自分もいつか同じくらいお返しができる立場になれるよう
頑張っていきたいなと思えた1月2日でした。


2019年9月9日月曜日

知能をもった人間は【愚か】で【素晴らしい】

自分も人間なんで人間について語るのも変なことなんですが、
ちょっと最近、人間について考えることがあるんです。


人間は良くも悪くも可能性に満ち溢れていると。



チンパンジー同士が喧嘩するときは、
噛み合ったり、大振りに叩き合ったりして、
勝敗を決めますよね。


そのチンパンジーが知恵を身につけ、
石をつかみ出す。
すると攻撃力が増すことで、
相手に致命傷を与えることができるようになります。


さらに、石を磨き、殺傷能力は増します。


やがて石から銅、金属になり、
気が付けば飛び道具、火薬類、行きつく先は原爆です。


人間が知能が発達していなかったときは、
殺し合うまでやり合う必要はなかったはず。


それが知能があるから、羞恥心が生まれ、
劣等感が生まれ、孤独感が生まれ、
様々な感情が生まれることで、
なぜか同種である人間の命を奪うところまで行ってしまいます。


知能があるがゆえに。


さらに個人間にとどまらず、グループに広がり、
国になり、地域になり、争いは激化するばかり。


富める人がいて、権力を持つ人がいて、
同じような日々を繰り返すだけの人もいて、
様々な人間が地球上で暮らしています。


本来平等であったはずの人間が、知恵があるがために
支配する側とされる側に分かれ、
富めるものと貧しきものに分かれ、
変なプライドで争い合い、
最終的には勝手に燃え尽きる命なのにもかかわらず、
途中で命を奪い合うことまでしています。



人間はせっかく知能があるのに
お互いの命を奪い合い、ののしり合い、
本当に何やってんだろう?って考えることがあるんです。


でも、知能があるがゆえに素晴らしいこともあります。


環境破壊で絶滅しそうな命を救うこともでき、
何かの理由で争いに巻き込まれた人を救うこともできます。


もともと、争わなければいいんですし、
環境も破壊しなければよかったんですけどね(^^;


地球の上でここまで知能をもち、
他の生物を支配下においているような人間ですが、
同種で命を奪い合うところは、
支配している動物以下の行動をしているように見えます。


地球上では知能は上でも生き物レベルとしては、
かなり迷惑をかける厄介者です。


2045年に人工知能が人間を超えるなんて言われていますが、
地球の平和を考えたら、
人類が邪魔なんて判断をされても文句は言えないほど
地球を、他の生き物を、同種を破壊していますね。


自分も42歳になり、いろいろと考えることが増えてきましたが、
よくよく考えると個人レベル、家庭レベルの些末なことが多いです。


残りの時間がどれだけ残っているのかはわかりませんが、
何ができるのだろうか?と考えています。
でも、考えようとしながらも、
日々のやるべきことに追われていると
あっという間に一週間が経ってしまいますね(^^;


毎日通っているTOPSですが、
日曜の夕方になるとどこか寂しい雰囲気が漂っている気がします。


自営業をはじめて日曜の夜の気持ちはずいぶん変わってきました。


月曜に向けて憂鬱になるということが6、7年なくなったことは
大きな変化だと思います。


でも、かつては多くの方と同じように
サザエさんの曲が嫌だったんですよね。


あぁ、日曜が終わってしまう・・・と(^^;


今もかつての自分のように憂鬱な気分を味わっている人もいるんでしょうね・・・


誰もが日曜に次の日が楽しみだと思える生活ができたら
本当によいのでしょうが、
社会というのはそう全員がうまくいくようになっていないところが
厳しいところですよね・・・


歯を食いしばっている人のおかげで社会が回っている
ということの感謝も忘れないようにしなければいけないんですが、
歯を食いしばっている人の中にも、
今からでも「自分だからこそ」というものを見つけることができる人も
いるかもしれませんね。

何歳になっても遅いということはないでしょうし。


そして、自分もまだ何かあるような気がしています。


自分だからこそできることを考えていかなければいけないな・・・


まだ「これだ!」というほどの気持ちには高まっていませんが、
探し続ける意識が大切なんだろうとは思います。
自分がこの世で行動できる限られた時間ですからね。


そんなことを考える日曜の夜でした。
おやすみなさい。