数日過ぎてから書いていますが、
それだけ自分の中では誕生日が節目としての役割が薄くなっているということです。
誕生日は数字が増えただけ。
根本にはそんな気持ちがあります。
とは言え、人間として一応節目であるということ、
節目の役割が大切だってことも理解しています。
じゃないと、家族の誕生日を祝えませんから(^^;
家族に自分の考え方を強制する気はゼロです。
で、今書きながら人生を振り返っています。
そうそう、嬉しいことがありました。
Facebookって誕生日を押し付けてしまう感じがあるんで、
記載を止めて数年経ちます。
それにも関わらず、
バンコク日本人学校で5年の頃に担任していた教え子から
突然のメッセージ。
公開している日が通知されてメッセージをくれるのではなく、
通知されていないのに忘れずにいてくれることが有り難い・・・
それ以上に20歳を越えた教え子からのメッセージの言葉の背景に、
その子の成長を感じることができたことに感動しました。
そして、その後も数名の教え子からメッセージが来て、
深く熱いものがありました。
その中には私に憧れてくれ、
教師を目指しているという言葉もありました。
私の弟子として・・・だとか。
教師を目指しているという言葉もありました。
私の弟子として・・・だとか。
これほど嬉しいことは無いです。
日本の未来は教育にかかっていると信じているので、
志を同じくしてくれる仲間ができるなんて、
これほど有り難いことはありません。
自分ひとりの力なんてちっぽけですから。
もちろん、家族からのプレゼントもうれしい。
1人で生きていたら味わえない幸せです。
1人の方が気楽な部分もありますけどね。
でも、気楽じゃないのが面白いんですw
さて、人生の後半戦はとんでもない事件と共にスタートした感じです。
新型コロナ。
この事件のせいで、自分の仕事の形態もガラっと変わりました。
不満や不安に立ち止まっているわけにはいかず、
状況に適応することの大切さを痛感することができました。
また、強制的に立ち止まったことによって、
人生の後半戦を本気で眺めることができました。
自分のことは後回し。
そんな気持ちが強くなってきました。
我が子の将来にとって親として何ができるのか。
どんなサポートをしてあげられるのか。
そんなことを場当たり的ではなく
本気で考えさせてもらう期間となりました。
そして、大きく動く決心をしました。
そのことについては年始あたりに発表できたらなって思います。
もちろん、まだ状況は刻一刻と変化するので確定はしていません。
人生は面白いと感じています。
色々な経験をさせてもらいました。
日本で生まれ、日本の教育を受け、
日本の会社でサラリーマンをする。
タイという国に移住し、そこでサラリーマンをする経験も。
日本に帰国し、日本の小学校で先生をすることもできました。
さらにタイの日本人学校で教師まですることができました。
それにとどまらずタイで塾を経営しながら塾講師もすることができました。
さあ、人生後半戦。
どんな道を歩むのか。
自分でも楽しみであります。
ただ、今までと違うのは
自分の夢を最優先するのではなく、
我が子のために
家族のために歩もうと思います。
最後までお付き合いありがとうですm(__)m
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