2020年7月29日水曜日

タイで細菌と戦う日々

タイのTOPSマーケット


金曜日、左足首がかゆく、
くるぶしあたりをカリカリ掻いていました。


で、小さいキズができてしまいました。

すると・・・

土曜には赤く腫れはじめ、
日曜には片足の甲まで腫れてしまいました。

月曜に病院に行き、抗生物質をもらって
今日は水曜です。

足の甲は腫れ、歩くと水枕が動くような
変な振動が感じられます。

ただ、痛みはないので薬が効いて
治ってきているのかもしれません。


それにしてもタイの細菌は怖い。
タイの人にとっては、生まれた時からある菌だから耐性があるのかもしれません。


でも、日本人である自分にとって、
在タイ10年を越えても免疫はできないようで、ちっこい傷から侵入した菌に
かなりのダメージを負うことになってしまいました。


抗生物質で若干の眠気もありますが、
仕事はあるので休めないのが大人の
厳しいところです。


タイは私にとっては異国。
私は異人。


こんな当たり前のことを痛感するきっかけになりましたし、
改めて健康の大切さも痛感しています。


普通に歩けること。

普通に体を洗えること。


足を気にせず座れること。


健康第一とは言いますが、
こは真理中の真理ですね。


教養とは何か?
教育とは?
子供が生きる力とは?
などなど、自分が考えているテーマです。が、足がパンパンに腫れている腫れ男は、足の治療のことが頭の7割を占めていますw
それ以外で日常生活の細々したこと。

以上。


教育とはなんぞやなんて考えている余裕はありません。


健康第一。


本当に痛感する数日間です。


PS:抗生物質が無い昔の時代の人々は
街に落ちたくぎを踏んだだけで致命傷だったんでしょうね。

自分のかき傷だけでこのダメージ。
お侍さんや武士も、軽い刀傷で命を落としてしまうほどの
ダメージを負ってしまっていたんでしょうね。

2020年7月20日月曜日

老いを受け入れる年齢

自分は老化なんてことを考えたことはリアルには無かった。
特に40歳を越えたら・・・的なことも聞いていたけど、
別段に外見、内面ともにいつもと変わらず、
こんなものかな?
と拍子抜けした記憶もあります。


そして「厄年」を去年迎えました。
色々周囲に言われましたが、
自分はあまり気にするタイプでもないので、
「厄年」ということも忘れていて、
特にお祓い的なこともせずに気づいたら終わっていました(^^;


では、何も感じることもなく
いつも通り43歳になっているかと言われたら
これは違うんです・・・


老化。


厄年の「厄」は感じることができませんでしたが、
「老化」を感じることができました。


白髪が増えたなぁ・・・と感じたのは42歳。


肩の凝り、眼精疲労のようなものを感じたのも。

首がどこか凝っているのも。

酷く腰をやられたのも。

シミが若干気になったのも。

肌が乾燥しているような・・・
なんて感じたのも。


とにかく、肉体的に色々と老化のようなものを感じたのは
確かに42歳でした。


いつまでも無限に若いつもりでいましたが、
そろそろ向き合わなければいけないんだなと
43歳になった今は、少し諦めというか、
受け入れたような気持ちになっています。


老化ってやつだけは仕方がない。
どうしようもない。

多少はあらがえるんだろうけど
数年あらがったからといって、
またあらがえない時期は必ず来る。
遅かれ早かれ。


だったら今向き合うしかない。


そんな気分です。


でも、正直嫌なものです。
この肩の妙な凝り。

首から目にかけた疲労。
ちょっと近くのものがかすむような気すらします。

昔から視力は2.0で、目の良さは自慢できていたんですけどね。
どうも近くのものが見づらいような。


ま、しゃーないですね。

2020年7月19日日曜日

人は必ず命が終わる【三浦春馬さん訃報】

三浦春馬さんの訃報が入りました。


ファンだというほど知っているわけではないけど、
ちょくちょくテレビでお見掛けしていただけに
少しだけ明らかになっていた死因に驚きました。



人は必ず命を終えなければならない日が来ます。


それが早いか遅いかは誰もわからないけど、
必ず終わる命。


それを自ら早める決断をした思い。

こればかりは誰にも計り知れないことですし、
はかり知る必要もないことです。

三浦春馬さんだけが知っていればいいことだし、
それが正解か不正解かは、
人の眼によって左右されはするものの、
誰にもわからないこと。


彼が選んだ道であるという事実だけは確かなことです。


何のために生まれ、
何のために生きるのか。


それを見出せる人がいれば、
見いだせない人もいる。


見出した人もいれば、
それを手放す人もいる。


私には何が正解かなんてわかりません。


ただ、言えることは、
私に関わってくれた人には、
死を選んでほしくはないし、
そうならないように自分は協力できたらなと思います。


できることはそれくらいでしょう。


人には誰にも言えない悩みもあれば、
それを抱えきれないで苦しんでいる人もいるはず。


もし、これを読んでいる
自分の知り合いの人で、
そのような苦しみを覚えている人がいるなら、
連絡してもらいたいな・・・と思います。


どうせ一度しかない人生。
そして必ず終わる人生。


人という字は支え合うようにできているって
金八先生も言っていました。


少しだけ支え合って生きましょう。
寄りかかり過ぎず。適度な感じで。


2020年7月17日金曜日

古き良きタイを生きてきた

最近、ふと改めて自分の半生を振り返ることがあります。


たくさんの経験をさせてもらって、
その経験が寸分の狂いなくかみ合ってここまで
辿り着くことができたことの奇跡。
本当にピタっとかみ合っている奇跡です。


当たり前のことなんですけどね。


あの時、あの判断をしていなければ・・・
その連続の中の1つでもズレたら
今の地点にはいないだろうし。


でも、今とは違う地点にいるなら、
そこで今と同じようなことを
やっぱ考えている自分がいるのかもしれません。


ひょんなことからタイに来ました。


バックパッカーのような感じで来たことがきっかけです。

そして、現地採用として
多くのみなさんが経験できないような
底辺の生活も経験することができました。


4500Bのアパート。
殺風景な部屋に響く声。
でも、タイで確かに生きているという強い喜びがありました。

赤茶の水道。
水シャワーの寒さ。


部屋の床のタイルの冷たさ。硬さ。

ベッドのなぞの白い汚れ。


日本とは違うアパートの廊下。
エレベータの雑な動き。
デカいボタン。


はじめて入ったセブンイレブンは、
しょうじきセブンイレブンじゃなかったなぁ。


入り口にはセブンイレブン!って堂々と書いてあっても
中はタイの風味ばりばり。


まったく自分がイメージしていたセブンと違っていて
アウェーだなぁ・・・と感じました。



それが今やこれです。


こんなものがタイのセブンに置かれる日が来るとは。


今、タイに来た若い日本人の子にとっては、
これが普通なんでしょうね。
いや、これでも驚くんでしょう。


自分がマヒしているだけかもしれません。


でも、やっぱ昔と比べたら、本当に日本っぽくなりましたよ。
店員がタイ人だということを抜きにすれば、
全く異国情緒ないですから。


あるのかな?
やっぱ自分がマヒしているだけかも(^^;


こんなC1000タケダみたいな
ビタミンCのドリンクなんてありえないですから。


今や日本のテレビも普通に見られるし、
YouTubeもあります。


昔はそんなものなかったから、
部屋の中でタイのテレビを流していましたから、
家の中までTHEタイでした。


今こうやって書いているときも
部屋を見渡せば、すべてがそろっています。


よくここまで歩いてきたな・・・我ながら。


YouTubeで異国を紹介している番組があって
芸能人がキャッキャ言っていますが、
自分の家の近所があんな感じだもんな・・・
と不思議な感覚です。


自分はもう13年くらいいるから当たり前になってしまった光景を
すごく新鮮に味わえる人は幸せなことなんでしょうね。


むしろ自分は日本に2年に1回くらい帰国した方が
すごい新鮮味があるという逆転が起こっています。
その感覚も不思議です。


人生の前半戦では
本当にありがたい経験をさせてもらった。


これを自分だけのものにして、
ただ一人で満足して人生を終えるのは何か違う気がしています。


自分の経験を未来の子供たちのために活かしたいなと。
最近ちょくちょく思うようになりました。


それが歳をとるということなんでしょうかね。