2019年1月31日木曜日

「やりたいことをして生きられない」原因は【自分の思い込み】


思い込みって人間の行動を邪魔するなって感じています。


自分は自営業という道を選らび、
知人から「よくできるよね」と驚かれたことがあります。


私の考えとしては、
別に「誰でもできるよ」としか言いようがありません。


ただ、前提条件として、
「自分が本当にやりたいのか」ということがあります。


自分が本当にやりたいのであれば、
やってみたらいいんだと思います。


できない理由を探そうと思えば
たくさん、山ほど出てきます。


私だって会社経営ということができない理由を
今探しても山ほど出てきます。


でも、やりたいからやるという原点があり、
そのために方法を考えていくという段階に進んでいったからこそ
今があるのかなって思っています。


今選らんだ道が正解か、不正解かといった
単純なことは死ぬまでわからないでしょうけど、
今味わっている経験は何にも代えがたいものだな
とは感じています。


つまるところ、自営業をするということは
何もすごいことではなく、
誰もがやろうと思えばできるということです。


やらないということは、
自分はできないという思い込みが邪魔しているんだと思います。


今までの人生を振り返ってみて、
そのような経験が無いから
自分には無理だと勝手に判断しているだけなのかなって思います。


人生は一回だけだから、
やりたいことがあるなら
やってみたらいいのかなって思います。
簡単に言っていますが、
もちろん苦労もたくさんあります。


でも、その苦労も含めて、
良い思い出になるのかなって気もします。


2019年1月29日火曜日

タイの大気汚染は人間でいう「風邪」の様なもの


1月末の乾季のバンコクですが、
今日もPM2.5の数値は170を越えるという危険な状況。
遠くに見えるコンドミニアムもうっすら靄がかかり、  目視で大気汚染を確認できるレベル
遠くに見えるコンドミニアムもうっすら靄がかかり、
目視で大気汚染を確認できるレベルです。


そして、何より怖いのがこのマスクです。
マスクカバーを貫通した汚れ
マスクの上にマスクカバーをつけて使っているんですが、
写真の黒ずみは完全に汚れが付着した黒さです。

マスクカバーを貫通した汚れのみが付着しているので、
鼻のある当たりがちょうど黒ずんでいます。


あまり目に見えなかった大気汚染が
こう目の前にはっきり現れると
やはりマスクは大切だなって当たり前のことを
より現実味をもって理解できます。


バンコクの大気汚染に関しては、
危機感を覚えていますが、
声を荒げる前に自分の生活も振り返ってみる必要があると感じています。


バイクに乗っているし、
また、タクシーだって自家用車だって使っているので、
大気汚染の一端を担っているということです。

多くの人がシーローにも乗るでしょうし。


もちろん、ほぼ故障していそうな車の排気ガスだったり、
タイの改善しない道路事情などの方が大きな問題ですが、
全く他人事のように批判だけをするのも
ちょっと違うかなと感じています。


自分たちの生活の延長線上には、
必ず大気汚染は遅かれ早かれやってくるのかなと思います。


生活がどんどん便利になっているけど、
そこまで必要か?という便利さを求めるのと引き換えに、
地球環境をどんどん破壊し続けていることが
しっぺ返しとして自分たちの空気に現れてきているだけです。


もっと便利にとAIを発展させていくことによって、
娯楽である囲碁・将棋ですらAIから学ぶという人間そのものの
生物としての闘いから電子脳を利用した闘いに移行しまいました。


そのうち、サッカーの動きだって
AIでシュミレーションして、
人間がその通りに動くなんてことにもなりかねません。


囲碁も将棋も闘い方が高度になって面白味が増しているのかもしれませんが、
個人的には非効率な人間力の勝負のみが見てみたいです。
文明の利器を使うことなく、
純粋に歩みが遅くとも人間の能力のみでの勝負だからこそ面白い。


藤井さんがAIを使って成長していると聞きましたが、
誰もがAIを使うことなく、
純粋に羽生さんが子供のころと同じような環境で、
人間力のみで勝負した方が棋士の人間性も増すような気がします。

AIという高速道路を使っていないなら、
必然的に上位に行く人は圧倒的な人間力の高さを兼ね備えている
証明になるはずだから。


効率こそ最高と非効率を嫌ってしまうなら、
未来はAIから見たら人間そのものが非効率なので、
邪魔だということになりかねないのかなと思います。
このまま進めばです。


タイの大気汚染の酷さには悩まされていますが、
自分たちの生き方というところにも
疑問を投げかる「人間にとっての風邪」のような
役割を大気汚染は果たしているのかなと思います。


人間なら「風邪」という警告に対して、
生活習慣を改善し始めるはずです。


はたして「大気汚染」という警告に対して、
地球レベルの生活習慣を改善することができるのか。


そこに目を向ける必要があると思います。


結局、2019年1月31日~2月2日まで
バンコクにある学校は大気汚染のために休校すべし
とのお達しが政府からあったそうです。

バンコクはデストピア化

バンコクはデストピア化していますね。

バンコクはデストピア化

目視でも空気が悪いのがわかるというレベルは
もう地球の終わりかのようです(;'∀')

2019年1月28日月曜日

本当にやりたいことは何か?【嵐の活動休止】に思う

嵐が2020年をもって活動休止というニュース。
タイにいてもTwitterでリアルタイムで知りました。


それだけ国民的なアイドルで社会的な衝撃があったんでしょうね。


大野智さんが求める「自由な生活」
自分は歳を重ねたからか気持ちが多少わかる気がします。

自由な生活


40歳が近づけば近づくほど、
人生が一度しかないということが
よりリアルに実感してくる。


嵐というグループの盤石の人気が故に、
これからも過去の経験の延長線が未来に続いているイメージ
頭の中に想像できてしまう。


自分と同年代の人たちの生き方をたくさん見つめてきて、
これでいいのだろうか?
という疑問が浮かんできたんでしょう。


結婚だって視野に入るだろうし、
ふつうに恋愛もして、家族もつくってみたいだろうし。


人生は一度しかないんだから、
どうしても違った景色も見てみたい。

どうしても違った景色も見てみたい。



そう思うのはとっても正直な気持ちだし、
40歳が近づくにつれて
焦りのようなものも混じって、
抑えきれない強い気持ちに高まってきたんでしょう。


自分が本当にやりたいことは何か?


今の仕事が順調なのに、
そこにあえてストップをかける決意は
本当に強いものだし、勇気がいること。

でも、勇気がいることだけど、
もう気持ちはこれから歩む道への期待の方が強いから、
大野さんの中では怖さというものは
ほとんど無いのかなとも想像しています。

これから歩む道への期待



大野智さんをはじめ、
嵐のメンバーがどんな未来を作るのかも大切なのかもしれません。


でも、それより大切なことは、
私たち自身だって人生は一度しかないということを自覚すること。
そして、自分に対して「本当にやりたいことは何か?」
個人個人が問いかけながら生きていくことなのかなって思います。


2019年1月25日金曜日

成長する人としない人の違いは意識の差

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成長する人と成長しない人の違い

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成長する人と成長しない人の違い

成長する人と成長しない人の違いってのは意識の差だなって思います。


勉強を教えていてもそうだし、
仕事をしていても意識の差で実力に大きな差がうまれてくるもの。


意識が高い人は良く考えるから成長する。
意識が低い人は思考停止しているから成長しない。


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意識の差が生まれる原因

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では、その差ってどうして生まれてくるのか?


その差は「やる気の差」だって思いますね。


そもそもやる気があるのか、やらされているからやっているのか。

この違いが仕事であっても勉強であっても、
読書であってもテレビを見るときであっても
全ての行動に差となって表れてくるような気がします。


見たいテレビを見ているのか?
とりあえず、ザッピングした番組を見ているのか。


自分から必要だから情報を求めていくのか。
ただ流れてくる情報を目で追っているだけなのか。


能動的と受動的の違いです。


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やりたいことが明確な人は意識が高まる

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自分がやりたいこと、目指す先が明確になっている人は、
自然と意識が高まりやすいものだって思います。


流されるように、ただ生活のためだとか、
ただ学歴のためだとか、
何となく生きていたら、
成長速度は鈍化してしまうんだって思います。


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ビンテージか劣化か

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ビンテージか老化か

それは、年齢を増すごとに明らかになってくる。


年齢を重ねてビンテージになるのか、細胞が劣化するだけなのか。


その違いはすべて意識にあると思います。


どうせ歳をとるならビンテージ物になりたいものだなって思う。