2020年5月11日月曜日

腰痛・ぎっくり腰の電気ショック的痛みの日々


先週の金曜あたりからぎっくり腰になってしまいました。


きっかけは小さなゴキブリを見つけて
追いかけたときに感じた腰の「ピキっ」という違和感。



まぁ、ちょっと痛みはあったけど仕事もしなきゃいけないので、
腰をかばいながら仕事をしていました。


翌日になると腰の痛みはスーパーサイヤ人的な覚醒状態。


歩くと電気ショックが襲ってくるので、
かなりびっこを引く状態に。


オフィスに行く必要があったので、
バイクに乗っていると、
道路の振動で腰から脳天にかけて電気ショックが。


タイの道路は凸凹が多いので超きつい・・・


それを恐れて腰に力が入るから余計に悪化。


叫びながらオフィスに到着すると、
もう座っているだけでも痛い状態に。


耐えられないのでオフィスで寝転がろうとしたら電気ショック。


ゆっくりと電撃が走らないポジションを探しつつ・・・


それでも避けきれず「ドガーんっ!」
っと脳天まで電気ショック。


電撃は気絶するかと思うほどのレベルになってきました。


もう立ち上がるのも一苦労。
階段をあがるのはもう登山状態。


よくバイクに乗って家に帰ったものです・・・我ながら。


それでも仕事をしていましたが、水曜から完全にダウン。
寝たきり生活になりました。


起きれない。起きようと思うと10分はかかります。
もちろん、その10分の間にも何回も地雷を踏むかの如く
電撃ショックが襲ってきます。


電撃ショックのイメージとしては、
歯医者で虫歯をドリルで削って神経に触れたときの
衝撃の5倍くらい。


ズドーン!って感じです。

もう怖くて歩けません。


結局仕事は臨時休校にしました。


病院には行きたくなかったんですが、
もう耐えられずに木曜に病院に行きました。



病院の先生はいたって冷静。
淡々と数分の診察で腰に注射を打つことに。


医者の診断は筋肉の炎症だとか。



え?それだけ?


自分は若干信じられません。


背骨の軟骨が飛び出ていて
神経にぶつかっていると思いこんでいます。
それじゃなければ説明できない電撃の大きさ。



きっと軟骨の炎症が消えたのかな?と思いこんでいます。
筋肉の炎症程度でここまで痛いなんてありえるのだろうか・・・


ひたすら寝続け、土曜には若干の電気ショックがあるものの
マックスと比べたら幸せに思えるほど痛みが引いてくれました。


日曜は電気ショックが完全に消え、
ただ、今までかばい続けて歩いていたので
筋肉に痛みがある感じが残る程度。


ほっと一安心です。
もう勘弁です。


このぎっくり腰、腰痛のおかげで、
家族の有難みを痛感しました。


娘が頻繁に私のところに来て、
水をもってきてくれたり、
マンゴスティンを向いてくれたり。


息子が自分のお小遣いでコーヒーを買ってきてくれたり、
水をもってきてくれたり。



もちろん妻も色々と助けてくれました。


家族がいることの有難さ、健康な体でいられることの有難さ。


これを思う存分に痛感した1.5週間でした。


月曜からは、ちょっとゆっくりな動作にはなるでしょうが、
通常の行動ができそうです。


いかんせん、筋肉が痛むのと、
脳が電気ショックの恐れを覚えてしまっていて、
勝手に体をストップさせてこわばってしまうんです。


怖くて靴下を普通にはけませんから。
脳が完全に怖がっています。


それくらい電気ショックがデカかった。


腰は大学生のころにバーベルで筋トレをしていたときに痛めたんです。


それいらい、1・2年に1回程度で
この電気ショックが私の体に訪れてくれます。律儀にも・・・


いやぁ、本当にぐったりしたぎっくり腰ウィークでした。


完全復活したら、絶対に筋トレをスタートして
腰を強化します!!

後日談
⇒ぎっくり腰からの生還!!

2020年5月4日月曜日

日本のことを愛せば右だと叩かれる

今日は知人と会話をしていて。


テレビをつけたら日本人が日本人を叩く。


近隣から日本の領海に侵入される。
そんなことには目もくれず、
日本人は日本人ばかりを叩く。


パチンコがおかしいと日本人が日本人を叩く。
その資金の一部がどこの国に流れているかに目を向けず。


日本の根幹は教育だとは言うけど、
日本を愛する心なんて言おうものなら、
右だの過激だなんだのと言われ叩かれる。


日本を愛そうなんて長渕剛が言えば、
暑苦しいと言われ叩かれる。



私は差別主義なわけではありません。


職業は帰化した人を含め、
外国籍をもつ人に開かれるべきだと考えています。


だけど国そのものを左右する国会議員という仕事さえも
開かれるべきなんだろうか。


逆に考えてみて、
お隣の国で日本人が政治家になれるのだろうか。


日本人がお隣の国でデモ行進して無事で済むのだろうか。


日本の政治がヤジばかりで進まないこと。

いつまでも森友学園、桜を見る会と言っていること。

原因はどこにあるのか、
言い続ける政治家の真の目的は国を愛するためなのだろうか。


日本国内で1番多く掲揚されている旗。

一説ではフランスの国旗だとか。

フランス料理店の前にある国旗の数が、
自国の国旗の数を上回る状態が普通で良いのだろうか。


日本は落ちるところまで落ちないと
気づけないレベルまで骨抜きになっているのだろうか。


我々の世代ではどうしようもないのだろうか・・・
見守るしかないのだろうか・・・


そんなことが話題にあがりました。


こんなことをここに書くこともはばかれます。


お前は右の思想をもっているのか?
などと言われそうで。


日本人が日本のことを憂う。
ただそれだけで右だの暑苦しいだのと叩かれる。


そんなことをびくびくして、
ことなかれ的な発言しかできない状況。
そんなことでよいのかな・・・

2020年5月3日日曜日

9月入学への私流の考え


9月入学が議論に上がってきましたね。

この新型コロナの影響で、4月は難しいのはわかります。
臨時で9月入学にするのは仕方がないと思っています。
必然的に学年が短くなります。

痛みが伴います。
でも、痛みが伴うのは今の時期は仕方がないのかな。


子供たちに罪はありません。
誰が悪いわけでもありません。


悪い犯人捜しでも責任のなすりつけ合いをするでもなく、
各業界、国民、人類で痛みを分け合う時期な気がしています。


先生たちの負担も大きいでしょう。
限られた時間の中で教えるのは。


しかし、給与すらない人たちがたくさんいます。
明日の家族の食事の心配をしている方も。
借金が膨らみ、命の火が消えかかっている方も。


先生たちは定時で帰れなくなるかもしれません。
でも、痛みを分け合う時期として2020年だけは何とか・・・。
強制はしてはいけませんが。


これはあくまで臨時の話です。
臨時ではなく恒久的に9月入学にすることは
私は賛成しがたいなと考えています。


例えグローバル的に見てメリットがあったとしても。



個人的にグローバル人である前に日本人であることが
大切だと考えています。
考え方が固いのかもしれません💦


日本人が日本人であるためには、
歴史と文化という土壌が必要なんだと思います。
パスポートではなく精神的な土壌。


古き良き日本の文化を守るべきだ!的な
ノスタルジックさを前面にして大切だと言いたいのではありません。


厳しい冬が終わり、
春と共に物語がスタートする。



これがどれだけの物語、文化、歌、芸能など、
様々な日本人が目にするもの、耳にするものに
しみこんでいるか。


それらの情報を自分の体内に取り込みながら
自分たちの精神性を作ってきたような気がします。


桜の下での入学式。
これはただたんに美しいからやっているんでしょうかね?
会社の新入社員の時期から逆算してぴったりだから?

違いますよね。


冬が終わり、春の訪れってのは
新しいことを始めるのには最適な季節だと感じます。



新しい社会人、学生、テレビなら番組、
何でも良いですが、スタートするのには最適な
季節は絶対的に春。
だから入学式は4月にあるんだと思います。


人間は自然の一部。


この自然のサイクルに人間のサイクルを合わせていったのが
日本人が季節の移り変わりを大切にしてきた証拠なんじゃないかな・・・


そうやって日本人は日本人の精神性を作りあげてきたんじゃないのかな・・・


論理を越えた感性の部分の話です。

効率化と安全と便利を目指したければ
日本の街並みが鉄筋コンクリートに変えればいい。


コンビニを作りまくり、自動販売機だらけにしたらいい。


でも、そんな景色って好きになれます?
日本人であれば、答えは自然と出てくるんじゃないですかね。



なんで、観光客は京都に集まるのか。
答えはシンプルでしょう。


その答えがわかるのも日本人がまだ心の中に
日本の良さを知るDNAをもっているからなんじゃないかな。



4月入学は世界的に見ておかしいのかもしれませんし、
スタートがズレていることで、
色々と手間もあることでしょう。


効率化、便利さで失った文化は元には戻せない。
今までの戦後の歴史を見て思うのです。


思い出しますね。


桜のある入学式。
桜のある新入社員歓迎会。



4月入学を私が守ってほしいと考える理由が
少しでも伝わりましたかね。


人それぞれ意見は違ってよいと思います。
どちらが良いかはご自身で考えることが大切なんだと思います。

2020年5月1日金曜日

新型コロナがもたらす変化に対応するしかない

昔は自分は仕事柄、オンライン教育の是非を語っていた時期がありました。



でも、新型コロナの影響でそんな悠長なことを言っていられない。
強制的にオンライン授業をやらざるを得ない状況になってしまいました。


でも、マイナスに捉えても仕方がないので
プラスにとらえて生きていこうと思っています。



人生は答えが無い航海のようなものだなって
最近は強く考えさせられています。


どっちに行けば正解なのか、
より良い港なのか。


もう自分の直感を信じて進むしかないような気がしています。


誰かが言ったから正解。
誰かが言ったから責任を擦り付ける。


そんな生き方ではなくて、
自分で情報を集めて、最後は直感というか、
心で選ぶ。選んだら信じて進むのみです。


そして朝令暮改もあり。


違うと思えば方向転換すればいい。


一寸先は闇という言葉もありますし、
その裏は一寸先は光。


光を探し続けて歩くしかないのかな。


最近のコロナの荒波の中
考えていました。


進むしかないです。


バンコクの犬は今日も自分の判断で生きていますw



変化に対応できないで立ち止まっている種は
滅びてしまう。種の保存の法則というやつです。


みなさんの周りも大変化が起こっていることでしょう。


カメレオンになるしかないです。

変わっていきましょう。
対応していきましょう。

立ちすくんでいる場合ではない。
もうこうなったからには。