2018年9月5日水曜日

【脱貧富の差】壮大な夢を描くことから


タイの貧富の差
バンコクの中心部には、
まだこのようなトタン屋根の家が残っています。


川に架かる橋の上を高級車が行きかう。
貧富の差が激しいです。



貧富の差は、
発展途上国などでは生まれながらにしてあり、
どうしようもないという状況の人もいますよね。


でも、私たちの日本のように
ある程度発展してきた国では、
個人の責任による部分はかなり大きいはず。


ある経営者が語る番組を見ていましたが、
その方が頭の中に描く夢が壮大で具体的でクリア
なことが伝わってきました。


どうしても貧しい地域に住む人たちは、
周囲の人の影響もあって
頭の中に描く夢はそれ相応なものになってしまうのでしょう。


すると、その日その日を暮らしていられたらOK
という思考になってもおかしくはないのかも。


その結果として、
貧しい生活の線上から外れることができない
という面もあると思います。


自分には無理だとはじめからあきらめるとかではなく、
そもそも努力しようとすら思えていないレベル。


我が家のコンドミニアムの掃除のおばさんの中に
こんな人がいます。


朝から掃除をして、
午前の早い時間にシフトがひと段落するのか、
駐輪場のベンチでずっと座って携帯をいじっています。


昼ごろも同じ姿勢でいじっていて、
午後も同じ姿勢でいじっていました。


この何時間かを勉強に当てたなら、
もっと給料の良い仕事もできる能力を手に入れられると思いますが、
そうすることはありません。


それは自分の頭の中で、自分はこのくらいでOK
と判断しているからです。


こうなりたい、こうなれるという夢のようなものを
描くことなんて、思考の中には無いんです。


自分の人生を変えるには
まずは頭の中から。


みなさんは、夢もっていますか?

2018年9月4日火曜日

心が独立していますか?


日本は独立国家。

そこに住んでいる人間も独立しているべきはず。


ただ、この独立ということで
ちょっと考えるのが「心の独立」です。


自分は経営者をしていて、
経済的には独立しているけど、
社長から給与をもらう人が独立していないのか?
といったらそういう経済的なレベルの話ではないです。


心の独立っていうのは
自己評価と関係しています。


自分がやっていることの評価を
他人に過度に求めてしまっているなら、
経営者でも社員でも
心は独立していないということです。


相手の気分に一喜一憂して、
コントロールされていることは
全く独立できていない状態です。


どんな地位の人であっても、
自分の評価は自分で決めることができているなら、
心は独立しているんだと思います。


近くに気分屋の人がいて、一喜一憂していても、
そのことに影響を受けないなら、
心が独立しているわけです。


心が独立している人は
ストレスが少ないし、
自分がやりたいことを追求しやすいはずです。


独立していますか?

自分らしく生きたいという人へ



自分らしく生きたい
って思っている人がいて、
その人にぴったりの言葉があります。


今、西郷どんがNHKでやっていて、
毎週楽しみに見ているんですが、
その幕末の志士「西郷隆盛」の言葉です。



「正しく生きる」ということを決意したなら、
世の中の人がすべて自分をけなそうと、
そのことで「自分はダメな人間だ・・・」
などと落ち込んだりしてはいけないね。

その逆に、世の中の人がすべて自分をほめても、
「自分は素晴らしい人間だ・・・」
などと舞い上がってもいけないよ。



西郷隆盛さんと同じようなことを考えている
なんていえばちょっとおこがましいんだけど、
私も同じようなことを考えています。


自分が大切にしている人、モノがあって、
そこまで大切ではない人、モノもあります。


人間の時間もお金も有限だから
そこは仕方がないのかなって割り切っています。


で、西郷さんみたいに「世の中の人」とまでは
思ってはいませんが、
別に大切だと思っていない人に
何を言われようが、何て思われようが、
どうでもいいって思っています。


自分から無理に話しかけようとも
食事に誘おうとも思うことはありません。


自分のことを良くしっているのは自分。
自分が良く知っていたらそれでOKです。


自分が自分にジャッジをすればいいのであって、
他人にジャッジしてもらう必要はありません。


ただ、自分が本気で好きな人には、
しっかり理解してもらいという思いはあるし、
相手のことも理解したいという思いがあるので、
しっかり語り合いたいなって思います。


だから、大人数の飲み会のような集団で
和気あいあいというのはあまり好まず、
少人数で深く語らう方が好きです。


タイトルには自分らしく生きたい人へ
って書いたけど、
「自分らしく」なんてのも
あまりとらわれる必要はないのかな。


自分らしいなんて
時と場所でどんどん変化していくものだし、
そんなことより、
自分が好きなこと、モノを追求していけば、
自然と自分らしくなっているものだと思います。


最後にもう一つ西郷さんの言葉。

人を気にせず、天を気にして生きていくことだね。
人生というのは、
天だけが本当に自分のことを知っている
と考えながら、今、自分にできるかぎりのことをしていけば、
それでいいものなんだよ。


2018年9月2日日曜日

先生は幽霊を信じているんですか?という問いの答え。

幽霊を信じる理由


先生は幽霊を信じているんですか?


なんて質問をされて、
気軽に答えたいところだけど、
自分にとってはなかなか奥深い質問です。


信じるよ。
って答えたんですが、理由が大切ですよね。


私は特定の宗教を信仰してはいません。


でも、先日身近にいた人が亡くなって、
葬式があったときの自分の感情としては、
「成仏してください」
という思いが自然と出てきました。


成仏してくださいってことは、
霊を信じていることになるなぁ。


でも、理屈で言えば、
死んだら無であって、
ただ、生命活動していない肉体が残るだけです。


成仏も何もあったもんじゃないです。
業務的に燃やして処理すればいいわけです。


でも、そんな無情なことをする人がいたら、
非情だって思います。


理屈ではなくて、
自然と成仏してほしいという思いが沸き起こってくるし、
やはりお坊さんにお経を唱えてもらうことに
違和感はないんです。


ということは、
やっぱり霊を信じているわけですよね。


でも、テレビとかでやるものを信じているのか?
と言われたら、あれはCGだったり、
誰かが隠れていたりと嘘ばかりだと思っています。


でも、科学的に考えれば、
あれだけの量があるなら、1つや2つくらい
リアルなものが混じっていても
おかしくはないのかなとも思います。


幽霊が怖いっていう子もいたんで、
こんな話もしました。


幽霊が怖いってことは信じているってことでしょ?
ということは、死んだら霊が残るって考えているんでしょ?


じゃあ、今きみの体の中には霊がいるわけだよね。
体が死んだら霊が出るんだから。


ということは、霊は1
きみは霊+体で2


きみの方が強いかもよ?


なんて超適当ですが、
霊を信じるならそういう原理になるって思います。

そうだよね?コロ。


コロって何か?

我が家の文鳥の名前です!


PS:ちなみに脳が微弱な電気で活動しているんで、
  強烈な出来事があったとき、
  その人の電気が空中に焼き印の様に残って、
  そこを通った感受性豊かな人が同じ景色を見られる
  なんてことはあるのかな?とは考えています。

  それが霊体験だって思う人がいたり、
  磁場の影響だって考える人がいたり。

  まったくの自由ですね。