2022年1月31日月曜日

大戸屋に行ってタイを思い出す。

今日は昼に大戸屋に行きました。

タイにいたころ家族で良く行っていたので

自然とタイのことを思い出してしまいます。


思い出してしまう。

マイナスっぽい表現ですが、決してマイナスではありません。

ただ、思い出してもタイには行けないで

ちょっと寂しい気持ちになるだけなので

極力思い出さないように、考えないようにしたいなって思うのですが、

どうしても思い出してしまいます。


いつになったらタイと日本を自由に行き来できるのか。

考えても仕方が無いことですが、

どうしても考えてしまいます。


夜はファミマで弁当を買うことにしました。

何気にファミマ弁当買っていなかったことに気づき、

食べてみたくなったからです。

炙り焼牛カルビ重

炙り焼牛カルビ重


これはすっごく美味しい。

日本のコンビニ弁当のレベルは本当に高いです。


タイにいたころセブンでカルビ弁当みたいのが発売されましたが、

正直、そこまで美味しくはなかったけど、

タイ補正で美味しく感じていただけだって痛感します。


ファミマ弁当・・・恐るべし。


そんなこんなで深夜1時が迫ってきました。

明日も6時起き。

はよ寝ないといけませんが、もう少し準備が^^;


あと30分くらい仕事して寝ます。

では、今週も頑張りましょう!



2022年1月28日金曜日

タイから日本に本帰国して後悔しているか?

タイから日本に本帰国してあと1か月で

1年になります。


早いな・・・

と言いたいところだけど、

思い返せば、そんな単純なものではありません。


家探し。

姉の家に滞在し、家の契約をするまでお世話になる日々。

居候。


そして家が見つかれば、家具や電化製品などもろもろの準備。


それが終われば仕事と家事の両立。


息子の来日準備。


息子との2人暮らし。

主夫、仕事の両立。


息子の高校受験準備。

そして合格。


やっとここまで来たけど濃密だったな。


大学卒業してからの自分の人生を振り返ると

本当に濃かった。


語りつくせない。


さて、これからはどうなっていくのだろう。

まだまだ濃い人生となるのだろうか。


タイから日本に帰国して1年。


後悔しているかと聞かれたら、

後悔するもしないも無いです。


もうこれしか選べなかったとしか言いようがない。


選んでいるようでいて選ばされているようで。


一つ言えることは、順調に進んでいるということ。


住まいにも満足しているし、

仕事にも給与にも満足しているし、

息子の受験もうまくいったし。


高校3年間、大学4年間。

この親としての役割を果たしたら、

タイでのんびり暮らそうかな・・・


そんなことを考えていたのが数日前まで。


今は開き直っています。

タイでのんびりする日は来るんだろうから、

今からそんなことを考えていても仕方が無い。


今は目の前の仕事に、子育てに集中するのみ。


2年目も頑張っていこう。

2022年1月26日水曜日

バンコクの電線地中化は可能??

ラッセルクロウがバンコクの電線だらけの風景を

揶揄するツイートをしたことが発端となり、

バンコクの知事が電線地中化を指示したとか。


タイにいたころ、この電線の風景を良い風景だ
とは感じたことは無かったけど、
「タイらしい」風景だとは思うので、
無くなるならちょっと寂しいかな・・・。
バンコクの電線
自分もこんな感じてついつい写真に撮っていましたw


歩道橋を渡っていたら、
手を伸ばせば触れるところに電線テンコ盛り。
子供も触れる危険極まる電線。


電線のある風景が無くなるのが寂しい・・・
なんてことは外国人だからそう言えるだけであって、
タイに住むタイ人にとっては、
嬉しいことですし、ぜひ進んでほしいことですよね。


ただ、どうでしょう?
タイに長く住まわれている方なら同じような意見ではないでしょうか?

無理じゃないかな・・・


タイの工事のスピードは相当に遅いです。
で、スピードが速いとしたら、その速さには理由があります。
雑・・・


あれだけごちゃごちゃしていた電線を地中に埋める。

想像すると、そのごちゃごちゃのまま埋めてしまっていそう^^;


しかもタイは洪水になったり、地盤が徐々に沈下したりして、
地下電線の環境としては相性が悪いと思います。


地上に出ている電線ですら、
切れてしまっていたり、地面に垂れ下がっていても
メンテナンスしようともしていなかったので、
地下のメンテナンスもしなさそう。


バンコクはちょくちょく停電になり、
復旧するのに数時間かかることもしばしば。


地下に埋めた電線に問題があったとき、
その電線を直すのにいったいどれだけ時間がかかるのでしょうね。


公園を見ても劣化したら劣化しっぱなし。
作った当初は気合入っていても、すぐに放置モードになりやすい
というのが今までタイを見てきた感想です。


なので地中化した数年は快調でも、
10年レベルでみたら、不具合がどんどん発生してしまいそうです。


バンコクの電線の地中化。
みなさんはどう思いますか??

2022年1月24日月曜日

スマホが無い時代にバンコクに渡った話。

Twitterでスマホが無い時代にバンコクに渡って生活していたことを

ちょっと書いたところ、多くの方に共感していただけたので

その話を少しだけ。




自分がバンコクに渡ったころは、スマホは無く、

携帯と言ってもどっぷりガラケーで

インターネットが自由に繋がる代物ではありませんでした。


そこで大切になるのが「地球の歩き方」の最後の方に載っている

バンコクの主要地区のざっくりとした地図。


その地図をジーンズの後ろポッケに入れて、

地図を回転させて、こっちかな?あっちかな?

とバンコクをさまよいながら散策。


てくてく歩いていると味のある店に出会う。

迷いながらも恐る恐る席に座ってみる。


出されるメニューで美味しそうな写真を指差して注文。

地球に歩き方に載っているタイ語を駆使。


物珍しいからきょろきょろしていると

店員が話しかけてくることもしばしば。


アロイマイ? アロイカップ。

こんなレベルの会話でも、

すっごくタイ語で会話している!なんて気分になれたものでした。


続けて英語とちょっぴりだけ会話本を頼りにタイ語で

頑張って会話を続けていると、

何言ってんだか正確にわからなくても

勝手に理解できた気分になったものです。


地図をぐるぐるして偶然出会った店だから、

もう行き方はわからないけど、

強烈に記憶に残っていて、20年くらい経った今でも思い出すことできます。


地図を見ながら歩いていると、

タイの人が道を教えてくれることもしばしば。


自分の地図を手に取り、ぐるぐる回しながら、

「こっちに行きたいなら、あの路地を・・・」

とか説明してくれているタイの人に、

近くにいた他のタイの人も集まってきて

あーでもない、こーでもないと手伝ってくれました。


路地で味わった温かい思い出です。


携帯も無いあの時代に、地図をたよりに

歩き回ったときが、本当に一人で旅をしている強い感じがあり、

刺激的で楽しかったです。


その後、タイで本格的に移住を決意し、

約15年タイで生活していました。


バイクにも乗っていたので、行動範囲は広く、

バンコクの様々なところをバイクで散策もしました。


すると、デジャブみたいに脳に電気が走る瞬間がありました。


あ!!この場所・・・

あの時さまよっていた場所だ!


こんないつも使っているメイン道路の近くだったんだ^^;

なんて、バイクに乗っているときは、

もう新鮮な路地なんてほとんど無いので、

あの頃の新鮮な記憶と今の全く緊張感の無い慣れた感覚が

混じって不思議な気持ちになったことを思い出します。


Twitterでちょろっと書いたことをきっかけに

ぶわーっと記憶が蘇ってきたのですが、

そのごくごくごく一部をちょっと書いてみました。


もしご興味があれば、

また想い出を書きますね。