2019年1月11日金曜日

出る杭は打たれる【日本で求められるリーダー像】

出る杭は打たれる。


出る杭は打たれる。


こんな言葉は世界にもあるのでしょうか。


最近、ZOZOの前澤社長が叩かれていますが、
首相だって叩かれる対象になっているようです。


私は別に個人的に出る杭を叩きたいという欲求はなくて、
むしろ頑張っている人はどの分野でも尊敬に値するなとは感じています。

もちろん悪い面もあるでしょうけど、
悪い面をもっていない人間なんていない
と思うのです。

そんな私の価値観はどうでもいいんですが、
この出る杭は打たれるというのは日本独特なのでしょうかね?


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日本で求められるリーダー像

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まぁ、日本独特ではなかったとしても
出る杭は打たれる的な文化は
他の国より強そうな気がします。


なので、日本という国を外国から見ていると、
ぐいぐい引っ張るリーダータイプより、
和をもってみんなの意見をまとめるタイプのリーダーが
好まれる傾向にあるような気がします。

もしくはみんなと同じ色になれるリーダーのような
危なげないような感じの人が受け入れられやすいという気がします。


ただ、日本も経済的にも近隣諸国との関係にも
若干の危機感が生まれてきているようです。


そのような危機的なときは、
ぐいぐい引っ張るタイプのリーダーが求められやすい。


でも、過去の歴史を見ていても
極端になると良いことはなさそうです。
ナチスが良い例でしょう。


極端になることなく、ぐいぐい引っ張るときと、
和をもってまとめるときと、
うまく使い分けられるリーダーが必要なんだと思います。


これからは外国の真似をするだけではなく、
日本独自のリーダーシップが大切になってくるでしょう。

2019年1月10日木曜日

努力よりも大切な夢中になること


努力することは素敵なことだと思います。
でも、ちょっとだけ自分でも気を付けておかなければないけない
と思うことがあります。


努力の過大評価


小さいころから努力することは良いことだ
と教えてもらっていたので、
努力することを過大評価し過ぎてしまうことは
気を付けなければいけないって思います。


確かに努力は大切なんだけど、
方向性や手段が間違っていると
どんどん目的とは遠ざかってしまうということが
ありえてきます。


例えばぱっと思いつく簡単な例が
昔は当たり前にやっていた「うさぎ跳び」

すごく努力してグランド一周とかやっていましたが、
膝に悪いと今では禁止です。
根性論だけに走ると、根拠ある正当性なく、
ただ努力だけが美化されてやってしまう危険性があります。


夢中になれること


私が大切だなって考えているのは、
「夢中になること」です。


努力と似てはいるんですが、
夢中になっていることをやっているときって
努力している感覚は無いんです。


自分が教師として働いていたとき、
朝早くから夜遅くまで働いていましたが、
ブラック企業だなんて思いませんでしたからね。

ただ夢中になっていたというだけです。

ただ夢中になって走っていたら、
保護者の方から良い評価をもらえて、
何かふとボーナスをもらった気分になる。

これくらい夢中になることを見つけることが
人生においては大切なのかなって思います。


努力も大切だけど、
それよりも夢中になれることを探す。


これが幸せに生きるコツなのかなって思います。

夢中で生きた結果、タイにいます。

2019年1月9日水曜日

兼高かおるさん死去【兼高かおるの世界の旅】私のタイ生活の原点?


ニュースを見ていたら
ジャーナリストの兼高かおるさんが死去されたと
目に飛び込んできた。


彼女の活動を追うほどのファンではないのに
すごくショックを受けた。
平成が終わることも重なっているのかな。
なんか自分の知っている時代が
どんどん終わっていくような感じがするのです。



兼高かおる世界の旅

兼高かおる世界の旅

日曜の朝にやっていた記憶があります。

家族がまだ休日のぐだぐだした感じの中、
確か朝のアニメ見たさに早起きして準備をしていると、
アニメの前に流れていたので
兼高かおる世界の旅も自然とみていました。


自分が世界に目を向けるきっかけになった番組だった気もします。
意識のどこかに日本以外にも国があって、
いつか行ってみたいなっていう憧れを作ってくれていた番組です。


そして、兼高かおるさんが何をしている人かも
当時はわからずに見ていました。


ただ兼高かおるという名前と彼女の立ち振る舞い、
美人な方だったということだけは
強烈に記憶に刻まれていて、
こうやって平成最後の年にショックを受けているのです。


調べてみるとお父様がインドの方のようです。
目鼻立ちがしっかりされていた理由がわかりました。


どんどん身近になる死


数年前から全盛期を知っている著名人の方が
どんどんと亡くなられています。


誰にも平等に訪れる死ですが、
今まではどこか他人事だった気がしています。

ここ数年は死がとても身近なこととして
現実味を帯びて見えてきます。


もしかして、自分がこうやってタイで生活しているのは、
兼高かおるさんの影響も少なからずあったのかもしれません。


ご冥福をお祈りいたします。


ZOZO前澤社長Twitter1億円【否定する人・肯定する人】

ZOZOの前澤社長がTwitter上で100万円をプレゼント
という企画をやっていました。

ぜひはともかく、
私がお金持ちでも決してやらないイベントだとは思いますが、
前澤社長らしいイベントだなと感じました。


少しだけ気になったのがTwitter上での
前澤社長へのバッシングです。


金をばらまくようなことはけしからんとか、
寄付した方が良い、下品だという意見など
否定的な意見も見えてきました。


でも、ZOZOの前澤社長はとてもシンプルな考え方で、
「みんなに夢を与えたい」だけなんだと思います。
品が良い悪いという基準からは考えていないのでしょう。


ただ、意図してか、意図せずしてか、
ZOZOの広告効果は爆発的なものがありました。


私も経営をしているから多少はわかりますが、
広告費というのは本当にばかにならない金額です。
しかも、効果があるかどうかの判断も難しいものが多く、
毎月お金が流れていくようなイメージすらあります。


広告という観点から見ると
今回の前澤社長のやった試みはYAHOOニュースにもなり、
ワイドショーにも取り上げられ、
いろいろな媒体で話題になったので、
知名度は1億円以上の価値があったのかなと思いました。


あの行為を問題だという人もいて、
支持する人もいる。
人間の考え方には多様性があってしかるべき。


ただ、行為の是非ではなくて、
問題を感じていない人にとって
問題は起きていないんです。

問題がある!と声高々に叫んでいる人にとっては
問題があるんです。


この違いは何かというと、
自分の中にある価値基準、立ち位置なのでしょう。


例えば、自分がお金に苦しい立場にいて、
お金を自由に使える人へのコンプレックスがあれば、
この前澤社長の件は叩くべきことでしょう。


たいてい、相手に問題を感じる人は、
その問題の背景に自分の中に固まった基準があるのかなって思います。


人の問題を見て、自分の内面に隠れている問題を知る。


今回の前澤社長の1億円プレゼントを通して、
自分が何を感じたか。
そこに自分の価値観を知るヒントがあるかもしれません。

今日は比較的大気汚染レベルが低かったバンコク