2018年9月14日金曜日

価値観が合う柴山健太郎さんと会う。

日本で教育活動をされている
柴山健太郎さんからぜひ会いたいとメールをもらいました。
柴山健太郎さん著書


日本で塾をされるだけでなく、
日本の教育を変えたいという一心で
様々な活動されている方です。


時々、このように会いたいというメールを
受け取ることがあるのですが、
たいていお断りをすることが多かったんですが、
彼のことを調べてみると、
ちょっと気になる部分がありました。


気になったのは
彼の教育に対するスタンス。
メールの文面や活動内容などから伝わってくる価値観が、
私と重なる部分が多々あったのです。


また、常勝教育の著者、原田隆史さんとも
コラボレーションしているということも
気になる部分でした。


というのも、原田さんの著書は三冊読んでいて、
学ぶべきことがたくさんありました。
その方と一緒にコラボしているのであれば、
何か価値観の面で一致しているはず。
そこが気になっていました。


そして彼もTJのHPを見てくれて、
私の考えにも共感してもらって
少ないタイ滞在の中、
会いたいと連絡をくれるということは、
きっと価値観が合う方だろうと思い、
合う決心をしました。


実際に会ってみると、
とっても話しやすい方です。
一目見てエネルギーある人だと伝わってきました。

彼の話す内容は
自分の考えていることと
かなりの部分で共通することが多くて驚きました。

いつかタイで一緒に何かできたら
という話も出てきました。
確かに彼となら何かしたいな
って思いが沸いてくる自分がいました。


ただ、今は自分の城を築き、
小さいながらも大名として城を運営しています。
そんな身軽でもないので
いつかもっと話をつめる機会が必要です。


今回は顔合わせ、価値観のすり合わせ
と言ったところ。


ただ、遠くない未来に、
柴山さんとは何かアクションが起こせるような気もします。
いや、起こしてみたい気がしました。


その日が来るのか来ないのかはわかりませんが、
私がやっていることは
彼とは価値観が似ているので、
このまま進んで行けば、
お互いの道が重なる可能性は高いのかな?
という気がします。


自分のことを若輩者だという謙虚な方でしたが、
本物のパワーが伝わってきましたし、
年齢なんて関係なく、
強い志がある人には吸引力が生まれるもの。


彼には確かに吸引力がありました。


自分も昔は彼のように熱があったな・・・
そんなことをふと考えて、
いかん!と自分に喝を入れる思いもしました。


自分もまだ熱ありますよ。
これからです。

2018年9月12日水曜日

何のために生きるのか?という問いをもつ



自転車のペダルをこぐように生きない。
ふと考えるときがあります。


1日8時間ペダルをこいでいたらお金がもらえて、
ごはんが食べられる。


そんな状態にならないように大切な視点は、
「何のためにペダルをこいでいるのか?」
ということ。


「自分が生きるため」
「家族が生きるため」
といった生存レベルではなくて、
自分が社会に対して何ができるのか?
ということが視点として大切だと思います。


そうすれば、
今こいでいる自転車のペダルから目をあげて、
「行先」を見ることができるはず。


毎日はどんどん過ぎていくけど、
自分は何ができるのか、何がしたいのか、
それこそがどこにも答えがない
自分の中にだけある答えです。


自分探しの旅なんて出ることじゃなくて、
今ここにいる自分の内面を探ること。


忙しいとそこを見る暇もなく年単位で過ぎていくけど、
人生が1回だけだと知れば知るほど
そこから目をそらすことなく、
生きていかなければならないなって思います。
歳をとった証拠かな?

2018年9月11日火曜日

流されて生きることから飛び出せば可能性が広がる

NHKの朝ドラ「半分、青い」を見ていて、
律という登場人物が大企業を退職して、
個人経営の事業をするという場面があった。


そのときの葛藤などが、
ちょっとかつての自分と重なる部分があって面白かった。


自分で自分のことを自覚するのは難しいんだけど、
昔の自分を振り返って見ると、
「流される」ことが当たり前になっていて、
そのことにすら自覚していない時期がありました。


小学校のころから、
誰かに命令されて動き、
進路なども親の意見が強く働いていました。


そうやって流されて生きていると、
その流されるということが
自分の資質のようになってしまっていた
ということに気づきます。


何回も折っていると、そこに折り目がついて、
二度と消えないような感じです。


自分は誰かの作った会社、
組織で働くことが当たり前だという思考、疑うこともない思考
ができていた気がします。


過去を振り返ってみれば、
それが当たり前になるような教育をされてきたんだから仕方がないのかな
って思う部分もあります。


でも、大学を卒業するときに
何がきっかけになったのか、
その流れにのることに違和感をおぼえて外れた自分もいます。



これは何が影響していたんだろう。


振り返ると読書だったかな。

だから今も読書が好きなんです。

気づきをくれるから。


ただ、流されて生きていると、
流れに乗らないと泳げないような気になってしまうことがあって、
それってもったいない
なって思います。


NHKの朝ドラ「半分、青い」で
個人経営者になろうとしている律を見て、
そんな過去を思い出しました。


流れから飛び出せばいろいろな可能性が広がる。

プロでありたい。職人でありたい。



何者かになる。


テレビを見ていても、
本を読んでいても、
何かを達成した人たちが出てくる。


人生を40年以上歩いてきて、
自分は何を達成できたのだろうか?
って考えることがある。


他人から見たら、
教師として東京、バンコクの小学校、
そして塾の先生と言った経歴は
普通ではない道であって、
何かしら達成したともいえるんだろう。


けど、自分としては満足感が無い。


TEDなどで発表する教育者、
テレビに出る教育者、
本を出版する教育者。


彼らと比べて自分の仕事にどこまで自信をもつことができているか。


分野は違うけど、
例えばイチローや本田選手だってプロであって、
自分もプロの教師だと思っている。


だったらプロとして同じレベルの仕事、
影響力を持っているのかと言われたら、
負けも負けもわかりきっていて、
勝負にすらなっていない。


では、彼らと自分の違いは何か。


時間の過ごし方だろう。


職人でありたい。
なんてシンプルなことを考えた午前中です。