2018年6月7日木曜日

掃除する習慣が3日坊主にならないコツ

なんかひょんなきっかけでマイブームって起きます。


今のマイブームはドア系の掃除。


前々から、白いドアの汚れが気になっていたんだけど、
その汚れを無視するかのように生活していました。


でも、ある時、ふと思い立って、
こんな洗剤を購入。
マイ洗剤の画像

Mr,Muscleという名前の洗剤。
自分専用のMy洗剤です。


机の下にこのMy洗剤があると
掃除をすることに対する敷居が低くなるんですよね。


もしこの洗剤が洗面所の手洗い場の下にあったら、
面倒くさくなってやらなくなっているかもしれません。


でも、机の下にタオルとセットにしておいてあるんで
思い立った瞬間に掃除モード。


軽く2,3分ドアの気になっていた一部分だけ掃除するのがみそ。
これを本格的にやったら継続できないんです。


まだやりたいなぁ・・・
ってところでストップします。


目の前に汚れが見えていてもやめるんです。
すると、その場所を通るたびに拭きたいという気持ちが強くなるわけです。
すると次の日の掃除が楽しみになるって仕組み。


当たり前ですが、
今まで気になって無視していた場所が
白さを取り戻してくるんですが、
すると新たな汚れた箇所が目に飛び込んでくるんです。


これが掃除の効果だって思うんです。
今まで見えていたけど見えていなかった汚れに気づく
センサーが高まったということです。


気づきの力が高まるという効果は
絶対にあると実感しています。


すると、掃除以外の部分でも確実に気づきの力は
高まっていて、生活の質が上がります。


だからごみ屋敷で生活している人が
グーたらした生活になってしまうのも
逆な理由からわかりますよね。
気づき力が低下していて、
自分のダメなところも見えなくなってしまっている状態なんでしょう。


ということで、
この毎日2、3分のMy洗剤を使った掃除は、
玄関からスタートしていますが、
1か月後はどこの掃除をしているのかな。


そんなことも毎日の楽しみの1つです。

2018年6月6日水曜日

教え子と再会して感じる人間と人間としての繋がり


気持ちが良いバンコクの真っ青な空。
そんな気持ちの良い日に良い出来事が1つ。

それは、今は高3になるかつての教え子たちから連絡があり、
ご飯を食べようということになったこと。


ソイ33のらあめん亭で11時から12時半までランチをし、
ゆっくりと語り合いました。


昔と大きく違うところが、
「自分の意見をしっかり持っている」
ということです。


2人とも先を見据えて今の進路を選んでいる。
それが伝わってきたことに感心。
別に上から目線で感心しているわけじゃないけど、
一応、昔から染みついている上下関係は
崩れずあるわけです。


また、その上下関係は嫌なものではなく、
お互いの中で心地よく横たわっています。


2人とも先をしっかり見据えていたけど、
人生なんてピタッとは思うようになりにくいし、
また思ってもいなかった道が目の前に開けることもある。


どんな道を選ぼうとも
自分が選んだ道を正解にしてやるという気概で生きてほしいです。


そのままエムクオーティエのスタバで午後1時半までお茶。


小学校のころであれば、
何というか体にしみ込んだような上下関係で
一応は関係が作れてしまうものだけど、
こうやって高校生になっても会いに来てくれ、
さらに対話ができるということは
自分が培ってきた関係は上下関係以上のものがあるという
確認にもなるものです。


また、勉強を教えているわけでもないので
勉強だけでつながった関係でもないわけです。


人間と人間として根っこでつながれていることが
嬉しいわけです。

アホみたいな交差点を抜かせば、
相当充実した1日でした。


それにしても、もう6月ですよ。
半年経ってしまいましたよ。

はやいもんですなぁ・・・

2018年6月4日月曜日

本を読まないのは人生の損【NO BOOK,NO LIFE!】

午前中みっちり2時間読書。


堀江貴文さんの「すべての教育は洗脳である」
という本を読んでいます。



本当にやりたいことができないのは
学校教育のせい。

学校は従順さを高め、
理不尽な作業に耐える人材を大量生産する場所。
だからやりたいことを我慢する思考になるのは当たり前。

そんな主張のもとに
ではどうしたらいいの?
といった話に展開する。

堀江さんの切り口は面白いし、
自分の教育観にも新たな切り口を与えてくれます。
アマゾンでかなりの高評価なのも納得。


さらに古本屋でこの2冊を購入。

竹中さんの「竹中式マトリクス勉強法」
は単純に政界の経済界で活躍している人が
どんな思考方法で勉強をしていたのかに
教育者として興味があったことと、
60Bという安値だったので買いました。


そして、吉田松陰先生の「講孟余話」は、
中身をペラペラめくっていたら、
松陰先生の実際に語ったことが書いてあり、
さらに開いたページの文を読んでいて
真剣の切れ味をもった思考が文に垣間見え、
買わないという選択肢はないと即購入。
これは340Bと古本にしては高めでした。


松陰先生は自分より年下。
年下の人が書いたとは思えない・・・
若干生き方の違いが浮き彫りになって悔しい気持ちもします。


これはペラペラ読んではいけない本。
じっくりかみしめるように読みたいと思います。


さらに夜に電子書籍で2冊衝動買い。

水曜どうでしょうという番組の
名物カメラマンの方のようです。



ただ、偶然HPでチェックしていたら、
彼の書いた文章があり、
読んでみると思考が深い。味わい深い。
これは読んでみたいと思い購入です。



しかも2冊ともアマゾンのレビューが半端なく高評価。

これも購入を決意したポイント。

思いっきり影響されていますが、
人がここまで良いと評価する本を
自分が読んでいないということに
損をした気分になるんですよね。


これは、今読んでいる岡本太郎さんの本が終わったら、
隙間時間にちょくちょく読んでいこうと思います。


ということで、
本がたまり過ぎてきましたが、
じっくり味わうように読みたいと思います。


それにしても読書ってなんてありがたいものなんだろう。
自分の人生は1回しかないけど、
本を通して何通りも人生を味わえるような気分になる。


いつか老後は田舎に引きこもって
コーヒーと電子書籍を楽しみ、
その内容について誰かと語らうというのもいいな。

2018年6月3日日曜日

何事も中途半端はよくないなんて当たり前のこと

昼ご飯はクイッティアオ。
なんてどーでもいいことを書いてしまうくらい、
頭の中に霧があるような感じの数日間でした。
5月30日にブログを書いて
あっという間に6月3日。
3日あいてしまったのもこの霧のようなもののせい。


日々いろいろ考えてはいるけど、
どれももやもやしていて、
言葉が最後にびしっと決まるようなほど
形になっていない。


でもこんな感じで日々が過ぎていくのも
しっくりこない。


こうやって書きながら気が付いたけど、
頭の中にアイデアがいろいろ詰まっているのが
原因なようです。


そのアイデアを形にするには
ちょっとまとまった時間が必要です。
でも、日々やるべきことがあるから、
それをやっていると残りの時間が少ない。


その少ない時間ではアイデアが形にならない。
でも、そうやっているうちに
他のアイデアも生まれてきて、
読みたい本もたまってきて、
日々のやるべきことが重なってきて、
・・・。


気がつけば中途半端なモヤモヤした感じで
数日があっという間に過ぎたということです。


あれもこれも中途半端はよくない。
少し絞っていかないといかん。
なんてこの文章も秋元康さんのNHKの対談番組を見ながら書いています。


同時進行でいろいろやっていると
どれも中途半端になってしまう。


パソコンで同時にたくさんのタブを開くと、
徐々にどれもこれも見られなくなって、
結局出かける時間になって全部閉じる。
そんなことにならないように。


そしてもう夜中の1時半。
もう寝ます。