2019年9月28日土曜日

今の社会システムへの違和感


株とか、ビットコイン的な電子マネーとか、
外国為替の差益などでお金を儲けている人がいますよね。


今の社会では全く当たり前のことで、
本屋に行けば、これらの仕組みを理解して儲けましょう的な本は
捨てるほどありますよね。


それだけ人気がある分野なんですよね。


泥臭く働く必要なく、数値をいじってお金を儲けることができるのだから
できればらくな方向でお金を稼ぎたいという人がいるのは
とても理解できます。


もちろん、自分だって稼げるならそうやって稼げたらいいなぁ
とも思った時期がありますし、
今でも「ほい、株あげる」っていう人がいるなら
もらいますよw



ただ、ちょっと冷静になって考えたとき、
ちょっと違和感をおぼえるんですよね・・・



これって何なんだろう?って。



教師という仕事がら、いろいろな教育的な情報と接しますが、
世界に目を向けると、発展途上国では、
小さな子供たちが工場の中で朝から晩まで
絨毯を編んでいて、その賃金は雀の涙程度です。


で、パソコンの前で、為替の差を見てクリックして
稼いでいる人の方が何百倍も稼いでいる現実もあります。


そして、そのような人をもてはやしてテレビで特集したりしていて、
それを見ていると人間って何やってんだろう?
って冷めた目で見ている自分がいるんですよね(^^;



地球に生まれて、アフリカでは大地と共に作物をつくり、
自然を大切にしながら生きている。
そのままの自然を普通に利用しています。
税金うんぬんもなく。


で、都会の中で税金を払いながら住まわせてもらっていて、
寝る場所ですらお金を払わないと確保できないんですよね。


さらにそのお金をなんだか摩訶不思議な数値をクリックして
稼いでいる人がいれば、
工場の中で朝から晩までへとへとになって働いている人もいる。


不思議な社会だなぁって思うことがあるんですよね(^^;


おぎゃって生まれて、
気が付けば学校に通わされ、
それが終われば、会社に通わされ、
それが終われば、病院に通わされ、
おしまい。


おおむねこの流れです。
で、この流れが嫌な人がいて、
PCの前でクリックだけして稼ぐ人もいる。



世界を見れば、森林の中で、
今目の前にある自然と共存しながら生きる人もいる。



本当にいろいろな生き方がありますよね。



まぁ、別にだからなんだ!?
正解はこれだ!って言いたいわけではないんですけど、
そんな不思議な気持ちになったことが
みなさんはあるのかな?と思ってブログに書いてみました。


自分の考え方が変なんですかね・・・

2019年9月25日水曜日

タイの貧富の差を見て感じる世の中の理不尽さ


今日のバンコクは快晴です。天気はよく気持ちが良いですが、
ちょっと気持ちがよくないことを考えていました。


昨日の記事の続きみたいなものですが、
タイは特に貧富の差が激しいです。


テスラに乗っているような裕福な人がいれば、
歩道橋でほこりにまみれた子供が
一日中お母さんと一緒にお金を恵んでもらっている姿もある。


もちろん、この事実の裏には闇もあるので、
私はお金を恵むことはしませんし、
恵んでもきりがありません。
本当にきりがないです。


それよりも怒りを覚えるのは、
何なんだこれは!?という感覚です。


お金を持っている人と持っていない人。


誰かが作った紙きれを持っている人と持っていない人。


そんなに人間としての価値が違うのか?!
といった気持ちになってきます。


同じ人間なのに方やプール付きのきれいな家で
ほしいものを買い、
お腹いっぱいだからとごはんを残し、
毎日捨てられるゴミの中には、
大量の食物があります。


その一方、同じ国なのに、
食べ物に困って苦しんでいる人がいる。


かたや捨てているのに・・・


車も何台も保有している人もいて、
別にお金があるんだから何に使おうがよいのですが、
その車が通るわきを窓を拭かせてくれと
顔に垢をためた子供の寄ってくる。



雨が漏れるボロボロの家に住む人がいて、
でも親から受け継いだ不動産を貸し付けて、
家賃収入で裕福にな生活をする人もいる。



この姿は10年以上タイにいますが
何も変わっていない。


きっと10年後も同じなんでしょう。


社会のシステムがおかしいと感じますね。


そのために自分が何ができるのか。
募金するレベルのことでは焼け石に水で意味がないでしょう・・・


自分の生活をみて、罪悪感におしつぶされる必要はありません。


これは社会のシステムの問題である部分が強いと思うので。


一部の人が富めるようなシステムであること、
また、貧困ならその貧困が継続するようなシステムができあがっていること。


そのことに問題があるんだと思います。
これはタイだけの問題ではなくて
世界レベルの問題だと思います。


でも、そのことを考える時間なんて個人にはなくて、
働くことに忙しいし、テレビを見ることに忙しいし、
携帯を見ることに忙しいし、
そうやって毎日が過ぎていけば、
そんな汚れた部分を見る必要はなく一生を終えることができるような
そんなシステムも作り上げられています。


何も変わらない。変えられない。
自分の小ささにため息がでますが
こうして声をあげずにはいられません・・・

タイでテスラを初めてみて経済格差を思う



今日のバンコクは久しぶりの雨のない晴天でした。


いろいろ移動が多く
午前中だけで合計35kmくらいバイクに乗っていました。


渋滞のバンコクで大活躍してくれています。
バイクでなければ、
これだけの移動距離の予定を午前中でこなせていなかったでしょう。



その移動途中、バンコクで初めてテスラモーターズの車を見かけました。


バンコクでテスラに乗っている人がいるんだという驚きがありました。


テスラの充電なんて見かけたことがなかったので、
充電は不便だろうな・・・なんて考えていましたが、
きっとテスラを買えるくらいリッチな人なら、
家の近くにあったりするんでしょうね。


それにしてもタイの貧富の差は激しいです。


国民の1%が富の66.9%を保有しているとのこと。



富が一部の人に集まり、
その格差が崩れないような体制が作られている。


また、法的にもなぜか富を有する人たちが守られる。



別に本人の努力によって富がある人とない人が出てしまうことは、
仕方がないことなのかもしれませんが、
努力とは関係ない部分で、経済格差が生まれ、
その差があるがために、人間としても差があるように扱われている現状。


これに怒りを覚えて立ち上がろうとする人が出ても、
それもつぶされてしまいます。



もしくは娯楽、お酒などに誘導して、
うまい具合に問題から目をそらさせるように。



歴史の教科書にのっている昔の時代じゃないんだから、
もう支配階級やら特権階級やら、
いいかげんにしてほしいです・・・。


あっ、テスラの車の写真が特権階級なわけではないですよ。
ただ見かけたというだけなので悪しからず。

2019年9月24日火曜日

バンコクでの不倫について

バンコクの不倫


ネットの話やら、また聞きの話題によると、
バンコクでは不倫がそこそこあるようです。


でも、バンコクだけではなくて、
これは日本、世界でも多々あることで、
別に驚くことでもありませんよね(^^;



不倫について現時点での自分の考えを書いておこうと思います。
自分が教訓めいたことをいうほど偉い人間なわけでもなく、
自分の考えを整理して再確認する意図もあります。



まず、オスは生殖機能が何歳まであるのかは断定できませんが、
80歳でも現役という人もいるのかな?
いずれにせよ、かなり長い期間あって、
子孫を残したいという生物的な本能が欲求としてあり続けます。



だから、セクシーな女性を見かけたら
ついつい見てしまうし、
よこしまな気持ちがわいてくることは本能レベルで、
男性の体の仕組み上も
仕方がないのかなって気がしています。


ただ、この先が問題で、
この本能は万が一のために
種の保存レベルで残されたものであり、
もう家庭をもって、種の保存を果たしたオスに関しては、
なかなかやっかいなものとして残ってしまいます。


だからこそ、この先は人間としての理性を働かせる必要がある
って思っています。
精神性とでもいえばいいんですかね。


もし、この残った本能の欲求を満足させるために、
自分に家族がいるにもかかわらず、
妻とは違う女性と不倫をしてしまった場合、
その動物的な行為によって、
まず自分の妻をはじめ、子供たちに対しても
裏切り行為として感情を傷つけることになります。


家族を失うことになるかもしれません。


失ってもよいという人もいるのかもしれませんが、
それは自分本位の考え方であって、
家族が苦労することをよしと判断する人格には問題があり、
家族をもつ資格はないのかなと思います。



また、相手の女性に対しても、
不倫という形であるということは
最終的には責任は取らず、
いつか別れることが決まっている道。
行き止まりの道です。


その時は想像していなくても、
冷静になればわかることです。


そんな道にも関わらず、
一時的な動物的な本能に従って進むことは、
本当に人間として正しい生き方なのか?
ということを考えるべきなのかなって思います。


いずれ死を迎える一度だけの人生において
動物的本能を満たすことがそこまで重要なことなのか?と。


また、不倫相手だって人間です。
もしかしたら情が移る可能性もあります。


相手に家族がいれば、その家族をも苦しめることになりますし、
家族がいなくても、本人は苦しむことになる確率は
かなり高いのではないでしょうか。
行き止まりの道ゆえに。


さらに、もし子供ができてしまった場合は、
さらなる不幸を生み出します。
その覚悟ができる人はいないはずです。
たぶん想像すらしていないのでは?


男性には、子孫を残したあとも、
ずっと生殖本能があるがために、
人間社会はやっかいな問題が生まれてしまいます。


だからこそ、
合法的に遊べる場所があります。
女性には必要性は体の構造が違うので
なかなか理解できない部分でしょうが・・・(^^;


そのような合法的な場所で遊ぶ範囲なら
個人の自由なのかなって思います。


ただ、個人の自由といっても、
男性には家族がいて、
ばれたときに家族関係が悪化するようであれば、
歓楽街にはいかないに越したことはないのかなって思います。


完全にばれないというのであれば、
それは男性の自由でしょうか。



では、不倫も絶対にばれなければいいのか?
といえば、たぶん本能的に悪いことをしていることは
自分がわかっているので、
きっと態度に出るんじゃないかな・・・


それを感じ取った妻はやはり楽しい気持ちには
なりにくいのではないでしょうかね。
そのどこか暗い気持ちって家族全体に
見えない空気感で伝わって、
やはり家族全体にとってはマイナスなんじゃないかな。
ばれなくても。



合法的なことに話を戻します。


ただ、合法的なことであっても、
動物的な本能を一時的に収めるために
お金を使うことより、
もっと大切なお金の使い方もあるような気もしますが・・・
これは個人の価値観の問題ですね。



繰り返しになりますが、
人間として生きていれば動物的な本能もついて回ります。


その本能をどこまでコントロールできるのか。
それは人間性にかかわっていることで、
無理な人もいるのは仕方がないことだと思います。


欲望を抑えることが無理な人と結婚してしまえば、
苦しむことにもなりますが、
世の中には成熟レベルが様々あり、
無理な人を選んだ自分にも責任の一端はあるのかなと。


とりあえず、不倫については
こんな考えをもっています。


教育者として世の中をちょっと冷静に見ていると、
いろいろと人間は欲のために苦しむ生き物(自分も含めて)で、
どれだけ精神的に成長できるのかがカギになるなと感じています。



まるで自分は問題ないかのように書いていますが、
自分だっていろいろな欲と戦う日々です。


簡単なことで言えば、
携帯を触ってTwitterを開くのだって欲の1つですからね(^^;
欲のコントロールって本当に難しいものですよね(^^;