2019年4月29日月曜日
親が海外在住なので都立高校は受験できず。
海外生活も長くなりました。
自分が好きで来たタイです。
もちろん、妻もタイ人なので、
妻にとってもタイは好きな国です。
しかし、自分たちの子供にとって
タイは好きな国かと言えば、
もろ手を挙げて「そうだ!」とは言い切れないものがあります。
息子は日本生まれでバンコク日本人学校に通っています。
タイ語も話せますが、
基本的に日本語を主にしていて、日本の文化の方が馴染みがあります。
テレビも本も全て日本語の物から情報を得ています。
そんな息子も進学の話が出てくる年ごろになりました。
私が東京の都立高校出身なので、
その話をしていたところ、
自分も通いたいという思いが湧いてきたようです。
親として、このやる気の手助けをしてあげたいところですが、
残念ながら手助けをしてあげることはできず、
むしろ足を引っ張る形になってしまいます。
東京都の都立高校は、両親のどちらかが
東京に在住していることが入学の条件になっているのです。
「君の名は」の映画では、
高校生が東京で生活をしている様子が出てきます。
息子は見ていて東京への憧れを強くしていたようです。
一時帰国すれば、私の出身である東京に戻ります。
自然と息子は東京が好きになり、
東京で暮らしてみたいと思うのは自然な流れ。
しかし、私がタイで自分の仕事をもっている限り、
東京都の都立高校には行くことはできません。
自然と寮のある私立高校か、
私の両親か親戚と暮らして通える高校ということになりますね。
もし、東京の学校へ行って生活したいというなら、
離れ離れになる確率が高く、寂しいものです。
まだちょっと先の話ですが、
こんなとき、自分が好きでやってきたタイという国での生活に
子供たちも付き合わせているような
ちょっとした罪悪感をおぼえます。
海外で生活する。
自分ひとりで生きていく人にとっては自由にすればよいことです。
ただ、家族がいる人、これから家族ができる人は、
子供の将来のところも考えておく必要があることです。
後ろ向きになっていても良いことは無いので、
親として今できることを全力で頑張りたいと思います。
2019年4月28日日曜日
短所は個性?短所は努力で変えるべき?
「短所は個性だからそのままでいいよ」
それがちょっと前に大ブレークした
「ありのままに」
という歌詞に現れていましたよね。
でも、全く別の考え方、
「短所は努力で変えよう。」
というものもあります。
個人的なことなんですが、
私なんかは、この言葉を大切にしてきたわけではないですが、
この言葉のように生きてきていたようなところもあります。
最終的にはどっちが正解とかでなく、
自分がどう生きたいかの問題だと思います。
ちなみに、私はどっちも正解だって思っています。
短所という言葉をもうちょっとだけ深堀してみると、
努力で変えることができない短所と、
努力で変えることができる短所に分かれます。
身長が低いことを短所だと思っている人がいるなら、
それは変えることができないもの。
どうせ変えることができないものだったら、
それを個性として認めた方が良いはずです。
でも、走るのが遅いということを短所だと思っている人がいたら、
それを個性として目立つこともできるでしょうけど、
努力で変えることができるということを忘れてはいけないと思うんです。
走ることが遅いことを自分で短所だと思っているなら、
もっと走る練習をするという努力をするべきです。
新しい自分と出会う可能性があるからです。
その努力で自分が変化するという経験をすれば、
それは自信となり、次の努力へのエネルギーになります。
短所は個性。
短所は努力で変える。
この2つは反するものではなく、
両方とも大切な考え方だなって思います。
この写真は今日行ったタイのダンキンドーナッツ。
個性的な色のドーナッツが並んでいますね!
2019年4月25日木曜日
無理だと判断する前にやってみる!
「私は記憶力悪いし。」
「俺にできるわけないし。」
テレビとかネットとかで
こんな感じで「自分には無理」というような発言を聞くことがあります。
でも、この発言には教師という職業だからこそ
全面的に否定したいんですよね。
自分の持って生まれた能力的なことで
無理なことだらけの世の中なんて寂しすぎます。
無理なことだらけの世の中なんて寂しすぎます。
ただ、無理なことも当然あって、
例えばバスケのNBAなどは
生まれながらの身体的な才能もかなり重要で、
片足が不自由な人はレギュラーとして活躍することはできません。
そういうレベルのことではなく、
基本的に自分たちがやろと思ったらできるレベルのことです。
自分がタイに来るときなんて、
けっこう否定されました。
「無理だって。やめとけ。」
教師になるときだって否定されました。
「年齢的に遅いって。」
そんな感じで否定されると、
自分にはそんなことは無理なのかな?
と、自分でも疑い始めてしまいます。
でも、無理かどうかってのは行動の質で変わると信じて
行動をしてきました。
行動をしてきました。
教師になることが無理なのではなく、
正しい努力ができなければ無理だということ。
タイで働いて生活することが無理なのではなくて、
正しく努力ができなければ無理だということです。
正しく努力を積み重ねることができたら、
たいていのことは無理ではないと信じています。
もし歌手になりたいのであれば、
余計なことはごちゃごちゃ考えずに
まずは練習をしてみる。
よりよい練習論などの追究はあと。
まずは自分が思いつく練習をしてみる。
まずは自分が思いつく練習をしてみる。
ただ闇雲に練習していても
自分が成長してきたり、
自分の心がその道に入ってきたとき、
徐々に効果的な練習方法が見えてくるレベルが来ると思います。
頭でっかちに考えるのではなく
「まず練習をしてみる」が先に来るべきです。
「まず練習をしてみる」が先に来るべきです。
無理だ無理だと言って行動しないのではなく、
小さなあゆみであっても、
何か1つでも行動に移してみる。
無理という言葉をやらない言い訳にしない。
そうやって一度しかない人生を味わいつくす。
そんな生き方が自分は好きです。
そんな生き方が自分は好きです。
そんなことを考えた1日でした。
2019年4月24日水曜日
未来の自分を変えるための行動をする
仕事が本格的にスタートして、
毎日の行動が仕事中心になってきました。
午前中、昼、午後と時間がどんどん
流しそうめんの水が滑り落ちていくがごとく過ぎていきます。
もちろん仕事を中心にする規則的な生活も
とても大切なことではありますが、
毎日の生活が自分という人間を作り上げている
という視点も忘れてはいけないなって思います。
今の仕事中心の生活を振り返ってみて、
自分をしっかりと作り上げている習慣はあるか?
とチェックしてみる。
未来の自分は今の自分の行動で作られているのだから、
今の自分の行動が、ただ仕事をするだけになってしまうと、
大きな変化は期待できない気がします。
まずは自分が将来どうなっていたいのか
というイメージを鮮明にする。
そして、その鮮明なイメージを手に入れるために
日々の決まった生活の中に、
今までとは違う習慣をねじ込む必要があります。
未来の自分を作り上げる習慣は何かを考える。
その考えたものを1日の中にスケジュールとして入れてしまう。
シンプルなことですが、とっても大切なことです。
毎日の固定化されたルーティーンをこなすだけで満足せず、
未来を変えるためのルーティーンを見つけて実行にうつす。
そんな生き方を心がけていきたいなって考えています。
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