2018年2月6日火曜日

疲れ果てる1日

アナウンサーの有賀さつきさんが死去された。
ショックがあるニュースだった。


アナウンサーだけにファンだってことは無いけど、
自分が青春時代、常にフジテレビで出ていた
今で言うところのカトパン以上の人気があった印象のアナ。


八木アナ、有賀アナ、河野アナと
三人が大活躍していたのを思い出します。


52才か。
人は死んでしまうって当たり前のことだけど、
自分が活躍を見ていた人だと
よりリアルに感じます。


情報は毎回重く受け止めていたら
精神的に参っちゃうんで、
軽く流しながら生きています。


そんな日常の中、こうやってガツンと重みのある
情報がやってきては、
「忘れるなよ」
と教えてくれているような気がします。
一日の大切さを。


毎日毎日、わが家のベランダには鳥が来ます。
何かパトロールでもしているのかな?


今日も、この男は家にいるなって^^;



今日の授業は疲れました。
勉強するって何だろう?
って考え込んでしまいます。


教えても教えても
結局、聞く耳を持たなければ
教えることはできない。

考えてくれなければ、
理解することはできない。


この頭の中は直接触れることはできないけど、
どう外部から刺激を与えて、
考えさせるのか。


楽しくて興味があれば、
自然と考えるようになる
なんて生易しいものではない。


子どもだけの責任でもなく、
我々大人にも課題は突きつけられている。


とにかく疲れました。




2018年2月5日月曜日

あっという間の金土日。

土曜の午後にテスト前の中学生の授業を4時間。
その準備を集中してやれば良かったものの、
ついつい金曜の体に染みついた解放感でやっちゃったんですよね。



朝の4時までプリントやらの準備がかかってしまい、
さらに土曜も直前の午後2時まで準備です。


喫茶店で気晴らししてから午後3時から午後7時まで授業。

休憩時間に向かいの屋根の上に猫。
自由気ままに生きる動物を見ると
ほっこりします。


ということで、
土曜の夜はWOWOWの下町ロケットを見てリラックスしてたんで、
もうブログを書く気力はゼロ。


で、日曜は、息子の空手を送迎し、
自分は仕事の案を喫茶店で練っていました。
来年度の授業の仕方をガラッと変えよう
なんて考えていました。


昼は山小屋らーめん。
やっぱり安定のうまさ。
日本人会の会員カードで10%引きという
ちょっとお得な気分。


夕方はセントラルデパートに行きました。

中国の正月モードです。


夜ごはんはMK。



家族そろって夜ご飯をゆっくり食べられることは
ありがたいこと。


日に日に、親と子から、男と男の会話に近づきつつある息子。
まだお父さん嫌い!とはなっていない娘。
妻も仕事と家庭と良く頑張っているなぁと思う。


自分も来週から再び頑張ろうと思えた週末でした。


2018年2月2日金曜日

【救急車に道を譲らない】タイの渋滞のひどさ

25℃で心地よいバンコクの朝。


タイの桜と私は勝手に呼んでいるんですが、
ピンク色の花もきれいに咲いています。
毎年、日本の桜を思い出す季節です。


そんなゆったりとした朝でしたが、
風邪気味なのか、朝から体が重く、
さらにうとうとするような、
力が抜ける感じがとれないので、
ベッドに直行。


2時間ばかり寝てしまいました。
起きてからは集中力が戻っていたので
猛烈に仕事をしました。


今月は頭から出費が重い。

ドライバーさん3人への給与。

わが家とオフィスの家賃。

バンコク日本人学校の授業料。
ちなみに4月から8月の5か月間で52300B・・・。

日本人会の会費。

息子の習い事。

その他もろもろ。


私が払う役割のものだけで
合計金額がすさまじい(;へ:)


金ちゃんの仮装大賞のメーターのように
日本の大卒の月収をあっさりと越えて
さらにさらに突き進む頭が白くなる額です・・・*_*


自然と、いや強制的に背筋が伸びました。


仕事前にお腹が空いていたので、
マックスバリユーで見つけた25Bのママ―パッシイウ。


最強にB級グルメです。
麺が伸びきっていてあまりおいしいとは言えないですが、
お腹には溜まりました。


授業が終わり帰るとき、
タイの救急車が通っていました。


毎回腹が立つのが
みんなとっとと道を譲らない!
どうしてタイの人は救急車に道を譲らないのか・・・


救急車の音が聞こえたら道路の脇に止まれ!


って日本だったら当たり前のことができない
タイの人たちに怒りを覚える瞬間です。


しっかり譲る人もいるんですが、
譲らない人が多過ぎるからすぐに道路が詰まる。


譲ろうとする人だって意識が低い。


救急車がギリギリまで近づくまでは譲ろうとはしない。
だから、譲ろうと思ったときには
すでに自分の周囲は渋滞していて、
譲ることができない状態になっている。


これじゃ、譲ろうと思っています!
って言っても
自分の怠慢で譲れないんだから
始めから思っていない人と同じ。


救急車の変わりに
クラクション鳴らしまくってあげたくなります。


一刻一秒を争う命に関わることなのに、
なんで少しくらいの時間、道を譲ってあげられれないのかな・・・


この光景、時々見かけるんですが、
毎回ため息が出ます。
タイの人たちみんなで考えてほしい問題です。



2018年2月1日木曜日

タイで皆既月食/空を見上げる心の余裕

今日は朝から午後までずっと雨でした。

午後は午前中いっぱいの雨を吹き飛ばすように
晴れてくれました。


が、何か雨のせいなのか、
それとも自分の思考のせいなのか、
1日中、気分がもやもやとしたものがありました。


どこか迷っているような、
何かエネルギーの様なものがくすぶっているような。


長く生きていれば、そんな1日もあるもんですが、
目を逸らしてはいけない気分でもあります。


どうも、集中力が散漫になっているような気がしている。
自分が何をするべきか。


人の下で働いていたときは、
大きな方向性はすべて上が決めていて、
その制約の中で自由に動き回っていた。


が、今はその制約がなく、
全てが自分の考え方次第で決まる。


仕事はうまく回ってはいるものの、
果たして10年後も同じように回っているか。


もし回っていても、
同じように回っているだけなら、
もう人生はストップしているのと同じようなものなのかな。


そんな気持ちも沸いてきます。


もちろん、目の前の子どもたちは毎年違うし、
いや、毎日違う表情を見せてくれるものの、
自分も変化していかないと
教えていることと自分がやっていることが一致していない
ということになる。


子どもたちには変化しろと暗に教育していながら、
自分が変化、進化していなければ、
それは単なる怠慢でしかない。


時間は有限で、何に使うかで
自分は変化していく。


その時間の使い方がどうも満足いくものではない。


もっとやるべきことを絞っていかなければ
という思いが漠然とある。


夜は、皆既月食。
タイでも見ることができました。


気持ちが前向きじゃないからか、
途中までは、別に月が欠けようがどうでもいいや
なんて冷めた気持ちもありましたが、
偶然、空を見上げたら見えたので、
写真を撮りました。


もっと心に余裕をもって
上を向いていないと大切なものを見過ごすところでした。


素敵な月を見ながら、
また、明日から思考を整理していこうという思いが沸いてきました。