2020年7月7日火曜日

何かと比べて生きる


ビックCエカマイ
▲ビックC エカマイ店

自分が不幸だと思うことも
アフリカの名も知らない村で
顔にたかるハエに苦しむ老人から見たら、
取るに足らない塵のようなものなのかもしれません。


でも、何もかもが順風満帆で
光り輝く生活の人から見れば、
自分の生活が不幸に映るのかもしれません。


このコロナ禍の中、
人間は何事も他人と比べ、
過去の自分と比べ、
未来の自分と比べ、
空想の誰かと比べ、
喜怒哀楽と共に生きているんだなと感じます。


だからといって、
何事も幸不幸も無いなんてことではなく、
やはり、自分がキャッチできる情報の範囲で
幸不幸は決まりがち


だからこそ、
人は偏った情報に陥らず、
日本から飛び出した、時代を超えた
多様な情報を手に入れ、
判断材料にするべきだと思います。


もしくは完全に情報から鎖国して、
始めからある心の中の尺度に従うか。


いずれにせよ、
今の自分の気持ちっていうのは、
何かしらのものと比較して生まれているな
というのが今の率直な気持ちです。


だから何だってわけでもないですが^^;

2020年7月4日土曜日

選んだ道は正解【自分がタイ生活をするきっかけとなった先輩】



自分がタイで生きることになる上で
かかせない人がいる。


学生時代に秋葉原の万世の1階にある
トリムという喫茶店でバイトしていました。


バイトの1つ年上の先輩が
旅行先にタイを勧めてくれました。
その先輩の友達がタイでタイ語を勉強しているとのこと。


そして、自分は学生時代に
その先輩の知人に会いにタイに行きました。

それから彼とは繋がりができ、
一時期は日本で一緒に暮らすくらいの仲に。



そんな彼が今月タイでの仕事を退職となった。
コロナの煽りを受けて。


少しでも話を聞きたいし、
何かの気晴らしになればと思って再会しました。


日本で共に暮らしていたときの話。
タイでの生活をスタートしたときの話。


お互いに家族ができ、
親父になり、
色々な境遇を共有できる仲でもあります。


ただ、別に同じ学校だったわけでもないし、
不思議な縁だな・・・
先輩だから未だに敬語だし。


2軒めに行ったお店。
ちょっと裏路地を歩いていたとき
偶然発見したお店。


そこで二人で語っていたとき、
ふと懐かしい思いがこみ上げてきました。


店内で流れる音楽。


日本で一緒に生活していたころ。
タイで生活したいねと語り合っていたころ。

夜中のインターFMでやっていた
「タイの広場」という番組で良く流れていた曲でした。


縁だなぁ・・・と感じた夜でした。


彼は下旬に日本に帰国します。
そして再びタイで働ける職を探すとのこと。

未来はどうなるかなんて誰にもわからないです。


自分はただ良い未来が来ることを願うのみです。
縁あれば再び出会う日が来ることでしょう。
来ることを確信しています。


20代のころに出会ったお互いも
気がつけば40を越えました。

何が正解かわからない人生ですが、
どんな道であれ選んだ道はきっと正解です。
いや、正解と考えないことに何の意味があるのでしょうか。


選んだ事実はすぐ過去となり、
事実は変えられません。


どうせ変えられないなら正解と考えた方が良いのでしょう。


お互いの未来は
きっとこれからも正解だと信じて。

2020年7月3日金曜日

答えの出ない問い。答えのない問い。答えが決まっている問い。

新型コロナを気に色々と考えています。



色々と言っても軽い話題ではなくて、
自分の人生を大きく変えるかもしれない
大きなレベルのことです。


自分はタイで自分で起業して働いています。
企業に守ってもらっているわけではないので、
今回のコロナ禍はモロに強風にぶつかることになりました。
なかなかの強風です。


自分は幸いなことに何とか強風の中、
前に進むことができました。


しかし、知人が強風に倒れる姿を
目の当たりにしています。


退職。
1人ではありません。


今回のコロナは対岸の火事ではなく、
直視しなければならない厳しい現実を
目の前に突き出されました。


しかし、倒れた人も片膝をつき、
再び立ち上がって頑張ろうとしています。


そんな人達を助けてあげたくても、
悩みが吹き飛ぶほど何かしてあげられるわけでもなく・・・
自分の無力さも痛感しています。


タイで生きることを選び、
もう15年に近づいています。


今住む家はローンがあと5年弱くらいかな。
老後に住む場所は確保できそうです。


老後・・・


15年住もうが、タイは自分にとって異国です。


コロナに耐えたとは言っても、
老後前に病や事故で倒れることだってありえます。


そうなれば、外国人である自分は
莫大な医療費がかかります。
こちらで民間の保険には加入していますが、
それでもタイで生きていくことのリスクの大きさは
日本と比較して無視できないレベルのものです。


知人で病に倒れ、
1000万円近くかかった人もいます。
都市伝説ではなく、リアルなことです。


昔はそのようなことは
全く考えもしていませんでした。


若気の至りというか、覇気というか、
ただただ我武者羅に走り続けていたら、
今の位置までたどり着いたという感じです。


もし昔の職場にとどまっていたら、
知人と一緒に倒れていたことになります。


人生は自らの力で変える。
そう考えて走り続けてきました。


しかし、自分の力ではどうしようもない流れもあります。


自分ではもがき泳いできたつもりだけど、
方向は自力ではなくて
大きな流れにただ流されていただけなのかも。
自分で泳いだつもりが、漂っていただけなのかも。


果たして自分の人生の後半戦は、
どう流れていくのだろうか。


息子が来年中3になります。
日本の高校に行きたいと言っています。


親として自分ができることは何か。


息子は日本の高校で寮生活をして、
自分はこのままタイで生きるのか。


いや、息子と共に日本で生きるのか。


答えの出ない問い。
答えの無い問い。
いや、答えははじめから決まっている問いかも。


今までのように漂っていれば勝手に方向が決まる。
そんな問いなのかもしれません。


そんなことを考える時期になりました。

2020年7月1日水曜日

深まり続ける家族の絆



明日から娘が学校スタート。
ちなみに日本人学校ではありません。


息子は7月2日から3日に1日登校の学校生活がスタート。


3月中旬ごろから新型コロナの話題が
より重くなり、
そのまま学校が休校に。


そして6月末まで約3か月間、
ずっと子供たちが家にいる
という生活を続けてきました。


自分は仕事柄、夕方までずっと家で仕事をしているので、
ほぼ一緒に過ごすことになります。


この三か月間、
家族の絆が深まった気がしています。


ただ一緒にいるだけで家族の空気感が濃くなるんだな
って感じています。


それは同じ空間を共有しているからなのかな・・・。


もしこれが単身赴任だったり、
仕事が忙しくてどうしても一緒にいられる時間が限られるような
立場だったら違っているのかな・・・


それとも、家族に向いている【意識】が大切なのかな。


一緒にいるから、家族にずっと意識が向いていた。
この意識の向いている時間こそが。


離れて暮らしていないので
そればかりはわかりません。


ただ、単身赴任だったり、
何らかの都合で家族が離れて暮らしている方、
空間としては離れている方であっても、
家族の絆は深まるものであってほしいという願望があります。


縁あって生まれた家族。
昔は一人だった自分。


1人だったときは感じていた孤独感。
でも、孤独が当たり前だったから、
そんなに感じていなかったかな・・・
空気みたいに。


ただ、ちょっぴりあっただろう孤独感も、
今では全く消え去った過去のものです。


しかし、形あるものはいつか消えるのが常。



形ある家族が消えたときの孤独感は
想像を絶します。
あるものがなくなるのはつらい。


だからこそ、
家族だけは、形だったり、空間だったり、
そんな物理的だったり、距離や時間だったり、
そのような何ものに左右されることが無い
【揺るがない絆】であってほしいです。


【意識ある限り深まり続ける絆】


それが家族の絆であってほしい。
形が消えても、距離が離れても、
永遠に心の中で続く満ち足りた感情を呼び起こすものこそが
家族の絆であってほしいです。


追記;2025年
家族ってものは、もう血縁のような感じなのかな。
妻はいつのまにか母となり、子ども達は親から離れていく。

家族という概念から離れたとき、
そこに見えるものこそ真のものなんだと思う。

概念を越えたものが確かにあると思います。