2017年1月11日水曜日

髭を生やす本当の理由

髭月間だなんて言って
適当な理由を書きました。
前回の記事「髭月間」



が、本音は違うところにあります。




教師生活をしていて理不尽だと感じたことに
がありました。



私は個人的に髭を生やそうと思ったことが無かったのですが、
髭を生やしていた先生もいました。



ベテランの髭を生やした先生には
管理職はあまり物申しません。



が、若手が髭を生やしたとき、
他の教員の面前で管理職が
辱めるように指導したのです。



それを知ってからと言うものの、
自分の中でたかが髭の何が悪い?
という思いが沸いてきたんです。



不潔?


そんなことない。


自然に生えるものを生やして不潔だなんて
偏見も良いところだ。


髭を生やしただけで
何か固定観念で人格まで決められる社会は
とても生きづらい。



そもそも、髭を生やしていない先生にも
フケが背広についている人もいる。
その人に指導はない。


よれよれのTシャツの人もいる。
指導はない。



髭はダメで
すね毛ぼうぼうはOKか?


ほくろから1本長い毛が出ているのはOK?



口がタバコ臭いのはOK?



髭がダメなんて偏見だ。



学校というこれから社会に出る人を育てる場所が
そんなに固定観念に縛られる場所、
自由を奪われる場所であって良いのだろうか。



そんな思いがあるわけです。


髭ごときで変な偏見を持たれるのは
髭が悪いのではない。


本人に何かしらの問題があるか、
相手が変な偏見をもつ狭い価値観しかもちあわせていないか、
どちらかだろう。



そんな思いも強くあり、
髭を生やす月間を1年に何回かつくっているわけです。

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